中川家 いくよくるよ。 よしもとニュースセンター : 今いくよ・くるよ・くるよも漫才を披露! 女芸人大集合!ルミネでどやさ!!

中川家の剛と礼二の嫁画像って!事件やパニック障害を乗り越えて

中川家 いくよくるよ

Sponsored Links 今いくよ・くるよの今いくよさん、天国へ旅立つ お笑いコンビ『今いくよ・くるよ』の今いくよさんが 胃がんのため、2015年5月28日にお亡くなりになりました。 2014年9月に胃がんが見つかり、 受診後すぐに入院し、約三ヵ月の休養期間を経て自身の誕生日の 12月3日にバースデー復帰を果たしました。 そして、手術は受けずに抗がん剤治療を受けながら舞台などお笑いの仕事を続けてきました。 病院での様子を以下のようにくるよさんは語りました。 気ぃ遣いやから『ありがとう』て顔もするんです。 でもモニターではあらあらって数字になって、ゼロになったんです。 でも素晴らしいのは最期まで笑顔でした。 『がんばるよ』っていうサインを送ってくれて、 私も『がんばりや』て言いました。 また、その3日前には名前を呼ばれた際に 「里谷正子、28歳です」と笑いを誘う場面もあったそうです。 くるよさんは唯一の心残りを『デビュー45周年』を目前にその記念となる舞台に立てなかったことだと言います。 取材の最後には「幸せやった。 本当にお礼を申し上げたい。 素晴らしい人でした。 」 と感謝の気持ちを涙を浮かべながら語りました。 今いくよ・くるよの仲の良さはいつから? 二人は京都明徳高校の同級生で、所属していたソフトボール部でも一緒でした。 今いくよさんがセンターでキャプテンを務め、くるよさんがマネージャーでした。 高校3年生には全国大会で準優勝するほどガッツリ部活に励んでいたのでした。 部活仲間って絆が深まりますよね。 しかも全国大会で準優勝するほどの強豪校であれば、 くるよさんもマネージャーだったとはいえ、日々の辛い練習を乗り越えてきたんですから。 くるよさんは始め、キャッチャーだったらしいのですが、 何かの理由でマネージャーとして部活動に携わることになったみたいですね! そんな二人は1970年にOLを辞め島田洋介・今喜多代に弟子入りをして、 1973年に初舞台デビューしますが、なかなか売れず、吉本興業から「ラストチャンス」と言われた テレビでの漫才で見事に爆笑をとり、一気に人気急上昇・有名になっていったのです! その後はピンで依頼されて仕事は断り、「二人一緒の仕事しかしない」としていました。 このコンビ愛も高校の部活で培った同志愛なんでしょうね。 2009年にくるよさんが公演中の舞台で心筋梗塞で倒れた際は今いくよさんが支え、 2014年に今いくよさんの胃がんが見つかってからは、くるよさんが献身的に支えていたと言います。 Sponsored Links 今いくよ・くるよの師弟愛エピソード 二人の弟子は『サカイスト』という兄弟で結成されたお笑いコンビです。 「オシャレがとまらねー!」がお約束フレーズです。 そんなサカイストと今いくよ・くるよの師弟愛エピソードは、 サカイストが弟子となり仕事もこれからだという時に 売れるという夢を持って今いくよ・くるよに無断で東京に進出したこと。 売れてきてたサカイストが全国ツアーの京都でゲストに師匠の今いくよ・くるよをよびました。 そして、筋の通らないことをしたサカリストは舞台上で師匠に『すみませんでした』と謝罪。 普通はゲストが真ん中に立つのが普通なのに、サイドに今いくよ・くるよの二人が立ち、 真ん中にサカイストが真ん中に立った状態で 今いくよ・くるよは「これからもサカイストをよろしくお願いします」と 頭を下げたのでした。 そしてくるよさんの提案でみんなで「オシャレがとまらねー!」をやり、 くるよさんは「どやさがとまらねー!」と舞台をはけていったのでした。 さいごに 今いくよ・くるよのお二人の若いころの写真を探してみたら、思いの外綺麗で可愛い! 笑 失礼ですみません。 すっかり女芸人として育っていったんですね 笑 二人の仲の良さ、素敵だなと思いますねー! 私のイメージでなんですが、 部活動において、キャプテンとマネージャーてつるみませんか? 笑 特に合宿とか試合の後とか... 笑 キャプテンはチームのために頑張っていて、 相談がある時はコート内にいる人たちよりマネージャーに相談してたり、 マネージャーがキャプテンを支えているイメージがあります...。 以上でした!.

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中川家と今くるよさんの漫才!感動したわ…いくよ師匠生きてはる!

中川家 いくよくるよ

号泣した今くるよ 28日に胃がんのため67歳で死去した女性漫才コンビ「今いくよ・くるよ」の今いくよ(本名・里谷正子)さんの通夜が29日、京都市内の斎場で営まれた。 最期をみとった相方の今くるよ(67)も取材に応じ「日本一の相方やった」と涙ながらに語った。 いつも笑顔が絶えなかったいくよさんは、若手時代の「ダウンタウン」浜田雅功(52)、松本人志(51)が恩義を感じるほどの言葉をかけていた。 いくよさんの通夜は密葬で営まれたが、約100人が参列。 誰からも愛されたいくよさんの人柄が感じられた。 いくよさんらしい逸話はいくつも聞こえてきた。 今や大物となった「ダウンタウン」との秘話だ。 お笑い関係者は「ダウンタウンは養成所のNSC1期生としてすぐにスターになった。 当時は弟子からきつい下積みを経て表舞台に立つ人が多く、テレビ出演で人気に火がつき、一気に売れていったダウンタウンは実はやっかみの対象になっていたんです」と語る。 だが、2人を早い段階で認めていたのがいくよさんだった。 「いくよさんは『しっかり漫才でも賞を取れるんやから大丈夫。 しっかりやり』とエールを何度も送っていたそうです。 2人もいくよさんとその言葉を意気に感じていた。 今のダウンタウンの活躍も、いくよさんの理解があったからかもしれません」(同) 29日、いくよさんの死去を受けて、松本はツイッターを更新した。 「コンビとして想う。。。 逝くほうと残るほうどっちが辛いかなー 御冥福をお祈りします」と独特な表現でくるよを気遣いながら、いくよさんの死に思いをはせた。 若き日の浜田・松本にかけた、いくよさんの言葉が、根っこにあるのは間違いなかった。

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今いくよくるよのコンビ愛が深い理由!弟子との感動エピソードとは?

中川家 いくよくるよ

号泣した今くるよ 28日に胃がんのため67歳で死去した女性漫才コンビ「今いくよ・くるよ」の今いくよ(本名・里谷正子)さんの通夜が29日、京都市内の斎場で営まれた。 最期をみとった相方の今くるよ(67)も取材に応じ「日本一の相方やった」と涙ながらに語った。 いつも笑顔が絶えなかったいくよさんは、若手時代の「ダウンタウン」浜田雅功(52)、松本人志(51)が恩義を感じるほどの言葉をかけていた。 いくよさんの通夜は密葬で営まれたが、約100人が参列。 誰からも愛されたいくよさんの人柄が感じられた。 いくよさんらしい逸話はいくつも聞こえてきた。 今や大物となった「ダウンタウン」との秘話だ。 お笑い関係者は「ダウンタウンは養成所のNSC1期生としてすぐにスターになった。 当時は弟子からきつい下積みを経て表舞台に立つ人が多く、テレビ出演で人気に火がつき、一気に売れていったダウンタウンは実はやっかみの対象になっていたんです」と語る。 だが、2人を早い段階で認めていたのがいくよさんだった。 「いくよさんは『しっかり漫才でも賞を取れるんやから大丈夫。 しっかりやり』とエールを何度も送っていたそうです。 2人もいくよさんとその言葉を意気に感じていた。 今のダウンタウンの活躍も、いくよさんの理解があったからかもしれません」(同) 29日、いくよさんの死去を受けて、松本はツイッターを更新した。 「コンビとして想う。。。 逝くほうと残るほうどっちが辛いかなー 御冥福をお祈りします」と独特な表現でくるよを気遣いながら、いくよさんの死に思いをはせた。 若き日の浜田・松本にかけた、いくよさんの言葉が、根っこにあるのは間違いなかった。

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