ツァーリボンバ。 世界の巨大兵器について調べてみた

ソ連の最強水爆「ツァーリ・ボンバ」爆発実験は“暴走巨大エイリアン”の抹殺が目的だった! フルシチョフが指示、不可解発言も… (2018年4月21日)

ツァーリボンバ

概要 が生み出した人類史上最大の。 その規模は実に50メガトン、 あの悪名高きの三倍以上にも及ぶ。 、というかそもそも人類が手にした兵器の中では最強(最凶?最狂?)の破壊力を有する。 というより こいつよりも高威力の兵器など存在してはいけない。 なお、当初は 100メガトンにする予定だったとか。 ちなみにツァーリ・ボンバとは「の」という意味である。 さらにこの名称、実は西側諸国で付けられたコードネームだったりする(ちなみに旧ソ連側での開発コードは『』、完成品は『AN602』という名称)。 …が、現在ではロシアでも「ツァーリ・ボンバ」で通るらしい。 ・に展示されている有名な「ツァーリ・プーシュカ(の皇帝)」「ツァーリ・コロコル(の皇帝)」を思わせるからだろうか。 なんでこんなものを作ったんだ? 結論から言ってしまえば「テキトーに落としても目標を確実に吹っ飛ばせるようにするため」というのが核兵器の高威力化の目的の一つである。 ツァーリ・ボンバはこの発想の行き着く先といってもいい。 また、その他にも「ソ連の国力を見せつけるため」という側面もあると言われている。 ツァーリ・ボンバ最強伝説• 本来は 100メガトンにする予定だったが放射性物質の飛散を抑制するため鉛を入れるなどして 50メガトンに抑えた。 それでも爆発の威力が大きすぎて 衝撃波がを3周以上もした。 爆発時の火球は投下した高度(10,500メートル)にまで達した。 爆発時のエネルギーはで 210ペタジュール・に直すと 5. 3ヨタワットに達した。 これは計算上 を跡形も無く破壊できる火力である。 関連タグ 関連記事 親記事.

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ソ連の最強水爆「ツァーリ・ボンバ」爆発実験は“暴走巨大エイリアン”の抹殺が目的だった! フルシチョフが指示、不可解発言も… (2018年4月21日)

ツァーリボンバ

かつて世界には、地球の地表を何度も焼き払うことができるだけの核兵器があると言われていました。 現在でこそ核兵器削減の運動が進み、核弾頭の数自体は減少傾向にあります。 しかし科学技術の発展により、むしろ核兵器一発一発の威力は増大してもいます。 今回この記事では世界最強の爆弾トップ10を紹介していきます。 プルトニウムやウランといった放射性物質は、同じ質量の火薬などと比較して莫大なエネルギーを放出することができます。 そのため最強の爆弾ランキングは必然的に核兵器がほぼすべてを占めるランキングとなってしまいます。 最強の基準となるのは、爆発によって放出されるエネルギー量の単位であるTNTトンの順です。 これは1トンのTNT火薬が放出するエネルギー量を1とする単位で、米軍がイラク戦争で用いた、世界最強の通常兵器であるMOABのエネルギー量が10TNTトンであると言われています。 10位 サーモバリック爆弾 44TNTトン サーモバリック爆弾とは、燃料気化爆弾という技術を発展させ、専用の爆薬を使うことでその破壊力を格段に向上させたものです。 起爆させる過程でBLEVEという現象を利用して沸騰し、気化した液体燃料を広範囲に噴出、それを着火させることで威力を発揮します。 燃料気化爆弾では燃料が液体でしたが、サーモバリック爆弾では燃料は固体となっています。 固体から一気に気体へ変化させる「昇華」という現象を利用することでエネルギー放出量が上昇しています。 従来の爆弾は爆風そのものではなく、爆発によって飛来する爆弾の破片で敵を傷つけることに主眼を置いていましたがサーモバリック爆弾では爆風と衝撃波で被害を与えます。 ロシアが2007年に実験に成功したと発表したサーモバリック爆弾「FOAB」は破壊力が44TNTトンに達しており、「世界最強の真空爆弾」として報道されました。 FOABはアメリカの持つ世界最強の通常兵器MOABに対抗して作られたもので、名前もMOAB Mother Of All Bomb、全ての爆弾の母親 に対してFOAB Futher Of All Bomb、全ての爆弾の父親 となっています。 もし実際に実験に成功していたら、FOABはMOABの4倍もの破壊力を誇る世界最強の通常兵器となりますが、実験映像に不審な点があることから信憑性を怪しまれています。 9位 中性子爆弾 1トン 300TNTトン 中性子爆弾は核兵器の一種で、核爆発でエネルギーを放出する際に中性子線の割合を増やしたものです。 通常、核兵器は爆風による破壊、熱線による焼夷効果、放射性物質による即時の放射効果、そして放射性降下物による残留効果の4つを機能として持っています。 中性子爆弾ではそのうち爆風と熱線、残留効果を抑え放射効果を向上させています。 中性子線は放射線障害を引き起こすうえ、水やアスファルト程度では通り抜けてくるため都市部で逃れるすべはありません。 そのため都市への被害を抑えつつ、確実に敵を殺傷することができます。 8位 EMP爆弾 1,200TNTトン EMP爆弾は電磁パルス EMP を利用して広範囲のインフラや通信、情報機器を攻撃するための兵器です。 核兵器を地上100キロの高層大気圏で炸裂させることでEMPが発生し、およそ100キロから1000キロと言う広範囲でケーブルやアンテナ類を破損させます。 1962年にアメリカが北太平洋上空で行った高高度核爆発の実験「スターフィッシュ・プライム」では、爆心地からおよそ1400キロ離れたハワイ・ホノルルで停電が確認されました。 もしこの実験をアメリカ本土で行ったらアメリカ全土が停電したのではないかとも言われています。 EMP爆弾自体は非殺傷性の兵器ですが広範囲に渡って被害を及ぼすため、1963年には上空や宇宙空間での核実験を禁止する「部分的核実験禁止条約 PTBT 」が締結されました。 アメリカでは核を使わないEMP爆弾が試作されていますが、核を用いたものより範囲が狭く実用化には至っていません。 また2017年9月には北朝鮮がEMP攻撃を目的とした核兵器の配備を示唆しており、世界の警戒を強めています。 7位 ガンバレル型 ヒロシマ型 原子爆弾 15,000TNTトン ガンバレル型原子爆弾は核兵器の中でも最も古いものです。 1945年8月6日に広島へ投下された原子爆弾「リトルボーイ」がこのガンバレル型だったため、ヒロシマ型とも呼ばれます。 このガンバレル型原子爆弾より後に作られた原子爆弾はプルトニウムを使用していましたが、このガンバレル型ではウランを使用しています。 実はこのガンバレル型原子爆弾は検証実験を行っておらず、広島への投下はいわゆる「ぶっつけ本番」でした。 ウランによる核融合は既に原子炉で実験されていたために実験が不要だったためだとも、実験によりウランが不足して原子爆弾の配備が遅れることを懸念したためだとも言われています。 またガンバレル型は非常に作りが単純で、安全装置をつけることができなかったため「リトルボーイ」以後の開発が行われることはありませんでした。 6位 インプロージョン型 爆縮レンズ型 原子爆弾 23,000TNTトン インプロージョン型原子爆弾はガンバレル型原子爆弾に続いて作られた原子爆弾です。 長崎に投下された「ファットマン」はこのインプロージョン型原子爆弾です。 ガンバレル型はウランが大量に必要なうえ小型化が難しく、兵器としては不向きな代物でした。 一方インプロージョン型はプルトニウムを使用します。 プルトニウムはウランよりも必要量が少なく、小型化ができます。 爆縮レンズと呼ばれる技術を用いてプルトニウムに均等に圧力をかけて超臨界状態にするために、別名で爆縮レンズ型とも呼ばれました。 5位 コバルト爆弾 40,000TNTトン コバルト爆弾は、原爆や水爆の周囲をコバルトで覆ったものです。 通常コバルトは原子量が59のコバルト59という状態なのですが、核反応によって放出された中性子を取り込むことで原子量が60のコバルト60へ変化します。 コバルト60はガンマ線を放射する放射性物質であり、半減期もおよそ5. 3年と非常に長く残存するため殺傷力が高まります。 このコバルト爆弾を提唱した物理学者レオ・シラードはコバルト爆弾を塩でひと味加えるさまに例えて「Salted Nukes」と表現し、危険性を表明しました。 しかし長期間放射線を放出し続ける原子爆弾は占領する上では非常に使いにくいものであること、またコバルトも膨大な量が必要になることから、恐らく現時点でコバルト爆弾を保有している国は存在していないのではないかと考えられています。 4位 水素爆弾 B83 1,200,000TNTトン 水素爆弾は、原子爆弾とは違い核融合 熱核反応 を利用した核兵器です。 核融合とは水素のような原子核の荷電が少なく原子核同士の接触しやすい原子同士を衝突、融合させてエネルギーを生み出す核反応のことです。 核分裂はエネルギーの総量に限界があるのですが、核融合には理論上無限にエネルギーを増加させることができます。 核融合は技術的なハードルが高い反面、核分裂と違い暴走の危険もありません。 水素爆弾は原子爆弾を起爆剤に使い、水素の同位体である二重水素、三重水素の核融合を誘発することで莫大なエネルギーを放出します。 B83はアメリカで1979年に開発が開始された水素爆弾で、爆発の威力を調整することができる最新型の水素爆弾です。 3位 キャッスルブラボー 15,000,000TNTトン キャッスルブラボーは、アメリカ軍が1954年にビキニ環礁、エニウェトク環礁で行った「キャッスル作戦」という全6回の核実験のうち、初回の「ブラボー実験」を指す名称です。 SHRIMP エビ と称された水素爆弾は、アメリカの研究者の想定を超えるほどのエネルギーを計測し、実験水域にあった島ひとつを消滅させるほどでした。 きのこ雲や40キロにも上り、爆発の直径は100キロにも及んだと言われ、海底にも直径2キロのクレーターを作りました。 この実験は爆撃機に搭載可能な水準まで小型化した水素爆弾でも実用性があると証明したほかにも様々な問題を引き起こしました。 アメリカ側による危険海域の設定が不十分だったため避難が間に合わず、現地の人々や漁船の乗組員など合わせて2万人以上が放射性降下物を浴びて被曝しました。 その中には日本の漁船「第五福竜丸」があり、乗組員が被曝、うちひとりが死亡する事態へと発展しています。 有名な映画である「ゴジラ」シリーズはこのキャッスルブラボーと第五福竜丸の事件が大きな影響を与えていると言われています。 2位 B41 25,000,000TNTトン B41は1961年から1976年にかけてアメリカ空軍戦略航空兵団に配備されていた水素爆弾です。 総重量5トンにも及ぶ水素爆弾であり、全3段階の爆発でエネルギーを放出するアメリカ最強の核兵器です。 B41と同じ弾頭部を用いるW41は大陸間弾道ミサイルとして開発されていましたが途中で中止となっています。 1位 ツァーリ・ボンバ 50,000,000TNTトン 「核爆弾の皇帝」という名前の、この世界で最強の爆弾は旧ソビエト連邦が開発したものです。 ツァーリ・ボンバは東西冷戦の最中、米ソの熾烈な核の開発競争の中で生まれました。 北極のノヴァヤゼムリャという場所で実験に使用されましたが、当初ツァーリ・ボンバは100メガトン、つまりランキングで表示される数値の2倍ものエネルギーを放出するものでした。 しかし、それでは地球上のどこでも実験ができないため、出力を落として実験しました。 ただ出力を落としてもなおそのエネルギー放出量は世界一の名を欲しいままにしています。 その圧倒的な威力は、一次放射線の致死域 500rem が半径6. 6km、爆風による人員殺傷範囲は23km、致命的な火傷を負う熱線の効果範囲は実に58kmにも及んだと言われています。 爆発によって生じたキノコ雲は高さ60km、幅30-40kmで、1,000km離れた地点からも見ることが出来ました。 この爆発による衝撃波は地球を三周してもなお空振計に記録され、日本の測候所でも衝撃波到達が観測されています。 仮にこのツァーリ・ボンバが東京に落とされた場合23区が衝撃波で薙ぎ払われ、熱線は埼玉県や千葉県、神奈川県にまで及ぶと言われ、その死亡者は1000万人を下らないと計算されています。 まとめ この記事では世界最強の爆弾についてご紹介しました。 単位が大きすぎて今ひとつ想像ができない部分もあるかと思いますが、島ひとつが消し飛ぶ、首都圏で1000万人もの死者が出るなどどれも莫大な被害を出すものばかりです。 こうした強力な兵器開発が結果として諸国間の均衡を招き、平和を維持していた時期もありますがこれからはこういった危ういものに頼らない平和を築いていきたいものです。 最後までご覧いただきありがとうございました。

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ソ連の最強水爆「ツァーリ・ボンバ」爆発実験は“暴走巨大エイリアン”の抹殺が目的だった! フルシチョフが指示、不可解発言も…

ツァーリボンバ

ツァーリ・ボンバの原寸大模型。 「ツァーリ・ボンバ」の名称はが、に展示されている世界最大の鐘、榴弾砲史上最大の口径であり、ギネスブックにも記載されている になぞらえてつけたものであるが、現在はでも広く用いられている。 単一としての威力は人類史上最大であり、にで、唯一の大気圏内が行なわれて消費され、現存していない。 で約100(中に全世界で使われた総爆薬量の50倍)の威力を誇り、実験では50メガトンに制限されたものの、なお型「」の約3,300倍もの威力を有し、そのは2,000キロメートル離れた場所からも確認され、はを3周した。 実験指示 [ ] ソ連のは、第22回大会開催中の10月下旬にこの爆発実験を行うよう指示を出した。 その時点で実施日まで15週しかなかったが、実験に用いるAN602はすでに完成していた。 この当時、世界情勢は極めて緊迫した状態にあった。 1961年8月の建設開始、数ヶ月前に発表されたソ連による核実験の中止、後のに結びつくへの核配備計画実施などのためである。 そのような状況下での実験は世界中を震撼させた。 設計 [ ] ツァーリ・ボンバは本来、--核分裂という3段階の反応により100メガトンの威力を実現する(Staged Radiation Implosion Bomb)である。 しかし、100メガトン級の爆発ともなればソ連領内の人口密集地へ多量の(死の灰)が降ってくることが予想されたため、実験にあたっては第3段階目の238の核分裂を抑えるようにタンパーがに変更され、出力は50メガトンに抑制された。 この結果、放出される放射性物質の量はその出力の割にはかなり小規模なものとなった。 設計はソ連の核開発でのを中心とし、後に「ソ連水爆の父」とも呼ばれる、ヴィクトル・アダムスキー、ユーリ・ババエフ、ユーリ・スミルノフ、ユーリ・トゥルトネフなどのメンバーが参加した。 サハロフはツァーリ・ボンバの爆発実験の後、核兵器反対を唱えるようになったという。 実験 [ ] に展示されるTu-95ツァーリ・ボンバ投下機 ツァーリ・ボンバは特別な改修をうけた、Tu-95vによって運搬・投下された。 この時のパイロットはアンドレイ・ドゥルノフツェフ中佐()であった。 測定・撮影用にはが随行していた。 熱線による被害を最小限に抑えるため、この2機には特殊な白色が塗られ、Tu-95では重量27トン、全長8メートル、直径2メートルと巨大なツァーリ・ボンバを搭載するために爆弾倉の扉と翼燃料タンクが取り外され、それでも収まらなかったので半埋め込み式で搭載された。 Tu-95が当時のソ連の中では最大級であったことからも、ツァーリ・ボンバの巨大さをうかがい知ることができる。 ツァーリ・ボンバには投下機が爆心地から45キロメートル程にある安全圏へ退避する時間を与えるために重量800kgにも達する多段階の減速用が取り付けられた。 火球サイズの比較、中心から ツァーリ・ボンバ 午前11時32分、ツァーリ・ボンバはにあるソ連領()上空で投下された。 投下高度は10,500メートルで、内蔵された によって高度4,000メートル(海抜4,200メートル)に降下した時点で爆発した。 一次放射線の致死域(500rem)は半径6. 6キロメートル、爆風による人員殺傷範囲は23キロメートル、致命的な火傷を負う熱線の効果範囲は58キロメートルにも及んだと見られている。 爆発による火球の下部は地表まで届き、上部は投下高度と同程度まで到達した。 火球は1,000キロメートル離れた地点からも観測された。 生じたは高さ60キロメートル、幅30-40キロメートルであった。 上述の通り、核分裂による放射性汚染はわずかだった。 この爆発による衝撃波は地球を3周してもなお空振計に記録され、の測候所でも衝撃波到達が観測された。 当初、アメリカはツァーリ・ボンバの爆発力を57メガトンと推測していたが、に公開されたソ連の関連資料により実際は50メガトンであったことが判明した。 威力を半分に抑えた当爆弾ではあるが、その威力は単一の兵器として人類史上最大である。 ちなみに、アメリカが開発した最大の核爆弾の核出力は最大で25メガトンであるとされ、核爆発実験では1954年3月1日の(ブラボー実験)の15メガトンが最大である。 50メガトンの爆発では2. 爆発中の平均は5. 3YW)に相当し、のの約1. 4パーセントにあたる。 脚注 [ ] [] 注釈 [ ]• Zaloga, The Kremlin's Nuclear Sword, Smithsonian Institution Press, Washingthon and London, 2002, p51-52• Sakharov, Andrei 1990. Memoirs. New York: Alfred A. Knopf. 215—225. 関連項目 [ ]• 外部リンク [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するメディアがあります。 Tu-95搭載時の写真あり• 微気圧計の変位を示す画像を掲載• ロシア ツァーリ・シリーズ ツァーリ・ボンバ.

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