加古川 とも な が クリニック。 加古川市 播磨町|たてやクリニック|糖尿病内科・内科・眼科

《受付予約可》 山本可菜子皮フ科クリニック東加古川院(加古川市

加古川 とも な が クリニック

院長 友永 達也 / Tatsuya Tomonaga M. , Ph. 医学博士 日本内科学会認定医 認定病院総合診療医 関西医科大学医学部を卒業後、 神戸大学医学部附属病院リウマチ科(現:膠原病リウマチ内科)で全身疾 患の治療を中心に研鑽を積み、2013年に開院。 日本リウマチ学会、日 本感染症学会、日本リハビリテーション医学会など多数の学会に所属。 ごあいさつ この度、稲美町・笑門会友永クリニックの患者数増加に伴い、 加古川ともながクリニックを開院させて頂く運びとなりました。 地域の皆様と信頼関係を築き、患者様の視点に立ったクリニックにしたいと思います。 在宅医療も行いますので、お気軽に御相談下さい。 よろしくお願いします。 関西医科大学卒業後、神戸大学医学部付属病院にて内科全般の研修を積み、リウマチ科リウマチセンターに入局。 入局後もリウマチや自己免疫疾患、全身疾患、消化器科、糖尿病、内分泌疾患と多岐にわたる患者様の治療に従事し全身にわたる病気の治療に力を注いでまいりました。 また、神戸大学大学院医学研究科微生物感染症学講座に所属し感染症の研究を行っております。 地域に根付いた医療、全身を診察できる訪問診療に力を注ぐ所存で御座います。 患者様から要望の多い、血管年齢の検査、プラセンタ注射やにんにく注射などもメニューを作り対応させていただいております。 訪問診療には様々な医療器械を用意しておりますので、病院にて長時間待つ事無く、自宅にて心電図、エコー、血液検査、尿検査、血管年齢などを調べる事が出来ます。 企業健診としてはバス健診も用意しております。 お気軽にご来院下さい。

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診療案内

加古川 とも な が クリニック

兵庫県加古川市にある「山本可菜子皮フ科クリニック」は、男性・女性医師とともにおりますので、どなた様もお気軽に相談していただけます。 専用の医療機器・美容機器を取り揃えております。 ひとつのお悩みに対しても、いろいろな治療の選択肢があります。 患者さまのご要望や、緊急性、費用などを考慮して、お一人おひとりのご希望に合った治療方法を選んでいただくことを大切に考えております。 また、当クリニックでは、美容診療や皮膚科の一般診療に加えて、専用の機器を用いた保険適応による、赤あざ、青あざ、茶あざなどの治療を行っております。 アクセスも便利なことから、遠方からも多くの患者さまにお越しいただいております。 落ち着いた空間で治療・施術を受けていただけるよう、個室を多くご用意しております。 お肌のトラブル、お悩みのある方はお気軽にご相談ください。 患者さまの目線に立って診察し、より良い治療でお肌のお悩み改善をサポートいたします 湿疹や肌荒れ、ニキビなどの一般的な皮膚科の治療はもちろん、シミ、シワ、たるみなどの美容全般のお悩みの改善にも力を入れて取り組んでいます。 また、赤ちゃんや幼児に多くみられる赤あざなどには、保険適用での診療も行っております。 お子さんの赤あざにお悩みの親御さんなど、遠方からも来院されています。 患者さまの目線に立ち、要望には可能な限り対応できるように努めています。 さまざまな治療の選択肢を用意してお応えするため、医療機器に関してもより良いものを備え、きめ細やかなサービス、対応を心がけております。 各治療法の違いや、症状別に治療方法など、丁寧にご説明させていただきます。 火曜午後と日曜午後は、予約制です。 あくまでも参考の一つとしてご活用ください。 電話番号 079-424-0127.

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とも骨盤整体(加古川市東神吉町西井ノ口)|エキテン

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私は加古川市で生まれ、白陵中学校・高校で6年間柔道部に所属していました。 決して強くはなかったですが、必死で練習にしがみつきました。 厳しい練習を6年間やり続けたことで、体だけでなく心も鍛えられました。 学業面でも成績不振の時期もありましたが、柔道部の顧問の先生が「体が小さい平井が頑張っているからお前も頑張れ、と俺は他の生徒に言っている。 だからお前は頑張らないといけない」と涙を流して話してくれた言葉や、大勢の先生の教え、競い合った仲間、そして中学・高校と私立に通わせてくれた家族のサポートのおかげで、なんとか大阪大学に合格することが出来ました。 この度は、自分を育ててくれた故郷・加古川にて地域貢献し、恩返しすべく開院することができ、大変うれしく思います。 大阪大学歯学部附属病院・保存科に入局したきっかけ 研修医時代から、マイクロスコープ(歯科用顕微鏡)などの最先端の設備を常に使用させてもらい日々の診療を行いました。 研修医を終え、さらに保存科の医局に残り4年間の研鑽を積みました。 その間、保存科の職員にしていただき、日常の診療に加えて学生への指導を行う機会もいただけました。 教えることで、こちらが学ぶことがとても多かったです。 夜勤による外傷の対応を行ったことは、今でも非常に役立っています。 実は僕は別に家族が歯科関係者というわけではなく、そんなに覚悟を決めて歯科医師になったわけではありませんでした。 大学病院ではどうしても自分の歯を残したくて困りに困ってたどり着いたという患者さんが多く、その患者さんに真摯にひたむきに向き合い、幸せになってもらえた事で 「歯科医師になって本当に良かった。 特に保存科に入局したことで、大袈裟ではなく、ようやく自分の人生をかけられる物を見つけることができた」 と痛感しました。 寝屋川での分院長時代 患者さんはかかりつけの医院を自分ではなかなか選べません。 自分の院に来て本当に良かったと喜びの言葉を聞き、かかりつけ医の大切さに気付きました。 困難な状態になる前に予防していく事が患者さんにとって一番楽で、痛くないことであると実感しました。 また大学病院では診療しか考えていなかったのですが、分院長をし、周りが見え始めたことで、診療だけでなく、一緒に働いてくれるスタッフの大切さに気付きました。 スタッフが誇りをもって働ける職場にしたい。 スタッフに生きがいを与えたい。 そのために自分自身も、人間的にも歯科治療の技術的にも、もっともっと大きくなっていくと決意しました。 そしてその場所は自分を育ててくれた故郷・加古川にすることを決心しました。 ひらい歯科クリニック開院.

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