平成ジャンプ デビュー当時。 hey say jump(平成ジャンプ)の山田涼介の身長、血液型、年齢、出演番組、性格など!【プロフィール徹底検証】

平成ジャンプでデビューしたメンバーってJr時代人気があったんですか?

平成ジャンプ デビュー当時

02 新島弥生 1998年2月10日 21世紀を待たずに引退 【初脱ぎ媒体】 「Preview」1998年2月10日発行 ワニブックス は1988年に行なわれた第3回東鳩オールレーズンプリンセスコンテストのグランプリ受賞者で、他の入賞者(・渡辺ゆき子・井上亜矢・久保田麻美)と5人組アイドルのミス・プリティを結成。 ミス・プリティはその後egg5とグループ名を変更しCDデビューする予定だったがそれは幻となった。 晴れて1992年にソロデビュー。 昭和の匂いのする正統派アイドルとして当時はかなり期待されていた。 5枚のシングルや2枚のアルバムをリリースするがヒットは出ず、所属事務所が解散する直前、事務所のために一肌脱いだのがこちらのヌード写真だった。 柔らかそうなバストは悪くないのだが、元清純派に似合わない濃いメイクなどもあってファンの間では不評だった。 その後、1期生のメンバーとなる(白石智恵子として参加)。 白鳥智恵子と改名してセクシータレントに転向したのは1996年につとめたサントリー・スーパーホップス・キャンペーンガールがきっかけだった。 こちらは1998年5月に公開された初主演映画「ZERO WOMAN 危ない遊戯」にあわせて発売された初ヌード写真集。 170センチ近い身長、巨大なバストが活かされた迫力ある作品になっている。 ところがヒロイン役を演じた映画「写楽」(1995年)以降、魔性の女というイメージが定着。 それは共演した真田広之との不倫報道が連日ワイドショーを賑わしたからだった。 イメージ悪化を恐れたスポンサーが続々下りたこともありCMやドラマの本数も激減。 こちらはそんな状況に追い込まれた彼女がカムバックを狙って発売したヘアヌード写真集。 その美貌とは正反対すぎる貧相なバストが話題となり、微乳という新語まで生まれた。 06 木内美歩 1998年10月15日 ダウンタウンの松本から毛ジラミを移されたらしい 【初脱ぎ媒体】 木内美穂「裏窓」1998年10月15日発行 ワニブックス 1990年に第3回ミスモモコグランプリで審査員奨励賞を獲得して本格的に芸能活動を開始し、1993年に歌手デビューした。 キュートなルックスと持ち前の歌唱力で活動当初は人気者だったが、次第にファンを顧みない発言が目立ち、公開生放送番組に思いっきり遅刻するなどの問題児的な性格が露呈、ダウンタウンの松本人志との交際が発覚した頃には人気が急降下していた。 厳密には彼女の初ヌード披露はテレビドラマでのこと。 1996年にテレビ朝日の深夜ドラマ「変 HEN」で突然脱いだのだった。 それから2年後にリリースされたのがこちらのヘアヌード写真集。 芸名を木内美歩から木内美穂に変えていた。 07 小松千春 1998年12月1日 1991年旭化成水着キャンペーンガール 【初脱ぎ媒体】 「ten」 1998年12月1日発行 ワニブックス 1991年旭化成水着キャンペーンガールで注目を集めた小松千春。 ハーフや大人っぽいモデル中心のキャンギャル界にあってアイドル系の彼女は貴重だった。 1996年に体調を崩し休業。 2年間の空白を埋めるように発表したのが、この初ヘアヌード写真集だった。 デビュー当時とは違う成熟した女っぷりを発揮。 また、この年は主演映画が2本(「サソリ 女囚701号」「サソリ 殺す天使」)に公開され、スクリーンでも美裸身を披露した。 2003年に一般人男性と結婚するも2006年に離婚。 2011年にはAVデビューしている。 08 中嶋美智代 1998年12月1日 サンミュージックから売り出された最後の正当派アイドル 【初脱ぎ媒体】 中嶋ミチヨ 「nudes」1998年12月8日発行 スコラ 1991年にサンミュージックの一押しとしてデビューした。 90年代の芸能界で正当派アイドルとして孤軍奮闘したが時代には逆らえず徐々に失速。 1998年には中嶋ミチヨに改名するも底辺をさまよう状況になってしまっていた。 そんな状況の中、アイドルの過去を消し去るように発表したのがこちらのヘアヌードだった。 フジテレビで1989年にスタートした「パラダイスGoGo!! 」から生まれた乙女塾の3期生として芸能界入りした彼女。 乙女塾時代から数えるとおよそ10年後の出来事ということになる。 まだ熱心なファンが残っていたこともあり、その衝撃は大きなものだった。 2000年にはプロ野球選手のサブローと結婚した。

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平成ジャンプ デビュー当時

ジャニーズ• グループ名:ジャニーズ• デビュー年:1964年• メンバー:飯野おさみ、真家ひろみ、中谷良、あおい輝彦 ジャニーズは、ジャニーズ事務所からアイドルデビューした最初のグループです。 戦後の1953年頃に、アメリカ軍が有してた代々木のワシントンハイツで、ジャニーさんが少年たちに野球を教えていたのがジャニーズの始まりです。 1962年にジャニーズ事務所を設立し、野球チームのメンバーだった4人がジャニーズとして所属することとなり、1964年に「若い涙」でレコードデビューを果たしました。 当時は「歌って踊れるアイドル」が他にいなかったため、人気を博しました。 坂本九などと競作となった「涙くんさよなら」はジャニーズの代表曲で、現在も歌い継がれる名曲となっています。 1965年のジャニーズの人気がピークの時に「第16回NHK紅白歌合戦」にも出場を果たしましたが、1967年に惜しまれながら解散することになりました。 フォーリーブス• グループ名:フォーリーブス• デビュー年:1968年• メンバー:北公次、青山孝、江木俊夫、おりも政夫• 旧メンバー:永田英二 フォーリーブスは、ジャニーズの「太陽のあいつ」という楽曲のバックダンサーとして結成された4人組のグループです。 名前の由来は、「Four Leaves(4枚の葉、leavesはleafの複数形)」という意味と、「Four Leaves(4つに別れる、去る、出発する)」という意味の2つと言われています。 1968年に「オリビアの調べ」でレコードデビューを果たすと、ブロマイドが飛ぶように売れ、すぐさまトップアイドルの座につかみ取りました。 アクロバットが得意だったメンバーの北公次は、ステージでバック転を披露した初めてのアイドルで、現在のジャニーズのベースを作ったメンバーと言っても過言ではありません。 その後、1978年に解散しましたが、2001年に「再結成してほしいグループ」1位に選ばれたことをきっかけに、2002年4人で再結成を果たし、2009年まで活動しました。 デビュー年:1975年• メンバー:板野俊雄、畠山昌久、林正明• 現在のジャニーズJr. の基盤となっていて、フォーリーブスや郷ひろみのバックダンサーを務めていました。 デビューから3年後の1978年に解散するも、VIPとして再デビューをします。 VIP• グループ名:VIP• デビュー年:1975年• メンバー:板野俊雄、畠山昌久、林正明、河村信子、吉本和子 VIP(ビップ)は、ジャニーズのグループの中で、女性が参加したかなり珍しいグループです。 アニメ「新・エースをねらえ!」の主題歌「青春にかけろ!」など、シングルやアルバムをリリースしましたが、デビューから1年後には解散になってしまいました。 後にも先にも、ジャニーズ事務所の男性と女性の混合グループはVIPだけです。 スリーヤンキース• グループ名:スリーヤンキース• デビュー年:1978年• メンバー:橋本美砂子、川崎志津子、松尾貴子 スリーヤンキースは、ジャニーズ事務所に所属した数少ない女性グループです。 1978年に女子野球番組「ニューヤンキース」の企画で、女子野球チームが作られ、一般から応募があった2500人の中から35人が選ばれました。 当時、女子プロレスが流行していたことから、野球バージョンとして芸能人野球チームと対戦するという内容で番組が始まったのです。 番組の中の企画の1つとしてメンバーから選抜された3人がジャニーズからデビューとなりました。 1978年に「ザ・ベースボール」という曲でレコードデビューし、ステージ衣装は番組の中で野球対戦をするときに使用していたものと同じだったそうです。 その後、番組の視聴率が下がり続け、番組放送から2年後には放送終了となり、スリーヤンキースもほどなくして解散となりました。 たのきんトリオ• グループ名:たのきんトリオ• デビュー年:1980年• メンバー:田原俊彦、野村義男、近藤真彦 たのきんトリオの名前の由来は、メンバーの田原俊彦の「田(た)」、野村義男の「野(の)」、近藤真彦の「近(きん)」の文字を組み合わせて作られました。 1979年10月~1980年3月に放送されたドラマ「3年B組金八先生」に生徒役で出演していた3人が注目され、、ジャニーさんがたのきんトリオの名前を発案したと言います。 しかし、たのきんトリオで楽曲に参加したのは映画「グッドラックLOVE」の挿入歌「ときめきはテレパシー」と田原俊彦のB面曲「君に贈る言葉(アフター・スクール)」のみです。 3人ともそれぞれソロで活動し、かなりの人気を博していたため、3人でのイベントを開催するとファンが押し寄せ、イベントを中止せざるを得ないこともしばしばあったのだとか。 それほど人気な3人は、現在もそれぞれで活躍しており、ジャニーズ事務所に残っているのは近藤真彦だけです。 シブがき隊• グループ名:シブがき隊• デビュー年:1982年• メンバー:布川敏和、薬丸裕英、本木雅弘 シブがき隊は、1981年4月から放送されたドラマ「2年B組仙八先生」に生徒役で出演していた3人で結成されました。 名前の由来は、「シブいガキ」から取られており、一般公募から選ばれた中の「シブがきトリオ」からジャニーさんがシブがき隊に改名したと言います。 ジャニーズグループの名前を一般公募から選んだのは、シブがき隊だけです。 1982年に「NAI・NAI 16」でレコードデビューを果たすと、「100%…SOかもね!」や「ZOKKON 命」、「スシ食いねェ!」などの数々のヒット曲を生み出しました。 しかし、1985年に少年隊がデビューしたことで、シブがき隊の人気が奪われていき、それぞれがソロで活動するようになり、1988年に解散となりました。 解散してすぐに本木雅弘と布川敏和はジャニーズ事務所を退所し、1年後に薬丸裕英も退所することとなりましたが、現在も俳優や司会、タレントとして幅広く活躍しています。 イーグルス• グループ名:イーグルス• デビュー年:1982年• メンバー:中村繫之、宇治正高、内海光司、大沢樹生• 旧メンバー:石川博文 1982年に「ジャニーズ幼年隊」として活動するジャニーズJr. 4人(石川博文以外)で結成されたのがイーグルスの始まりです。 その後、グループ名が何度か変更となり、石川博文を加えて正式にイーグルスとなりました。 イーグルスは、ロサンゼルスオリンピックのマスコットキャラクターのアニメ「イーグルサム」の主題歌でレコードデビューを果たしましたが、直後に石川博文が脱退しました。 レコードデビューを果たした後も、シブがき隊や少年隊のバックダンサーを務めていたことから、ジャニーズJr. のような立ち位置のままで、いつしかグループは自然消滅になってしまったのです。 メンバーの内海光司と大沢樹生は後に、光GENJIとしてデビューすることとなります。 THE GOOD-BYE• グループ名:THE GOOD-BYE• デビュー年:1983年• メンバー:野村義男、加賀八郎、曽我泰久、衛藤浩一 THE GOOD-BYE(ザ・グッバイ)は、ジャニーズ事務所のロックバンドグループです。 1983年に「気まぐれ One Way Boy」でデビューし、15枚のシングルをリリースするなど精力的に活動していましたが、1990年に活動休止になったのです。 その後、野村義男はジャニーズ事務所を退所し、夢であったギタリストとして活動すべく、個人事務所を設立し、ギターの腕を磨き続けていました。 ギタリストとしての活動が増えてきた2003年頃、THE GOOD-BYEの活動が再開され、現在も活動しています。 オレンジ・シスターズ• グループ名:オレンジ・シスターズ• デビュー年:1984年• メンバー:吉竹加世子、酒井妙、吉川聖美 オレンジ・シスターズは、スリーヤンキース以来となる女性グループで、ジャニーズ最後の女性グループでもあります。 ミニFM局「KIDS RADIO STATION」のDJを務めていた吉竹加世子と吉川聖美と、メンバーチェンジで新しくオーディションで選ばれた酒井妙が加入し、ミニFM局の企画で曲も作成されていました。 KIDS RADIO STATIONは、アメリカのDJスタイルを取り入れた人気の番組です。 その後、ジャニーズ事務所の所属となり、ザ・ベンチャーズをバック演奏に従えて「サマー・ホリデー」で正式にレコードデビューを果たしました。 シングル2枚とアルバム1枚をリリースしたものの、「それぞれの道に進みたい」という理由で、デビューしてから2年後の1985年に解散となっています。 それ以降、ジャニーズ事務所に女性が所属することはなくなりました。 少年隊• グループ名:少年隊• デビュー年:1985年• メンバー:錦織一清、東山紀之、植草克秀 少年隊は、デビューしてから現在までジャニーズ最長活動歴のあるグループです。 もともと少年隊はジャニーズJr. 20~30人の総称で、その中の「Bチーム」だった3人(後に東山紀之がメンバーチェンジで加入)が少年隊となったのです。 田原俊彦や近藤真彦のバックダンサーを務めながら、単独でもテレビに出演したり、コンサートを行ったり、経験を重ねて1985年に「仮面舞踏会」でレコードデビューしました。 「デカメロン伝説」や「君だけに」、「まいったネ、今夜」など数多くの人気曲をリリースしましたが、1990年頃に多くの歌番組が終了したことからグループで活動することが減っていきました。 その後はそれぞれソロで活動をし始め、タレントや俳優、演出家など様々な場所で活躍しています。 2019年にジャニーさんが亡くなる前に、TOKIOの国分太一が「ジャニーさんが思う最強グループは?」と尋ねると、即答で少年隊と答えたそうです。 光GENJI• グループ名:光GENJI• デビュー年:1987年• メンバー:諸星和己、内海光司、大沢樹生、佐藤寛之、山本淳一、赤坂晃、佐藤アツヒロ 光GENJIは、「最後のスーパーアイドル」と称されるほど、大人気グループでした。 5人組の「GENJI」と、大沢樹生と内海光司の「光」が合体して、1987年に光GENJIが結成され、CHAGE and ASKAが楽曲提供した「STAR LIGHT」でレコードデビューしました。 ローラースケートで走り回ったり、バック転などのアクロバットをしたりと、すぐに人気が出てブームとなり、学校ではクラスの女子の大半は光GENJIのファンだったと言われています。 光GENJIの全盛期にはローラースケートが飛ぶように売れ、売り切れのお店が続出するほど。 1994年に大沢樹生と佐藤寛之が脱退し「光GENJI SUPER 5」に名前を変更し活動を続けましたが、1995年解散することとなりました。 活動期間は短かったものの、日本中に社会現象を巻き起こしたジャニーズグループは他にいないでしょう。 男闘呼組• グループ名:男闘呼組• デビュー年:1988年• メンバー:岡本健一、成田昭次、前田耕陽、高橋一也 男闘呼組は、ジャニーズ事務所で数少ないロックバンドグループです。 もともとジャニーズ事務所内で仲の良かった成田昭次と高橋一也が「でたらめロックバンド」という、プライべートバンドを結成したことが始まりです。 それと同時期に雑誌の中でバンドグループを結成するという企画が始まり、でたらめロックバンドの2人に加えて岡本健一の3人にジャニーさんが「東京」というグループ名を名付けました。 その後、メンバーが加入しては脱退したり、グループ名も変わったり、紆余曲折しながら正式に男闘呼組というグループ名になり、メンバーが4人で落ち着いた時にレコードデビューを果たします。 「ジャニーズの落ちこぼれ」というキャッチフレーズを付けられながらも、「TIME ZONE」や「秋」などのヒット曲を生み出し、ジャニーズのロックバンドという新しいジャンルを作り出しました。 しかし、1993年に突如として高橋一也が事務所から解雇され、それが引き金となりグループが活動休止に追い込まれ、実質的な解散となっています。 現在は、メンバーの岡本健一だけジャニーズ事務所に所属し、ソロで活躍しています。 グループ名:忍者• デビュー年:1990年• メンバー:柳沢超、遠藤直人、正木慎也、高木延秀• 旧メンバー:志賀泰伸、古川英司 忍者は、イーグルスの中村繫之がソロデビューした時に、バックダンサーを務めていたメンバーで結成されています。 1990年に「お祭り忍者」でレコードデビューを果たしました。 お祭り忍者は、現在もジャニーズJr. に歌い続けられている曲で、美空ひばりの「お祭りマンボ」をリメイクしていたことから世代問わず人気があり、デビューして4ヶ月後には「第41回NHK紅白歌合戦」に初出演しました。 しかし、1990年頃に多くの歌番組が終了し、次の年にはSMAPがデビューしたことなどで思うような活動ができず、1995年に正式な発表のないまま解散に至っています。 忍者は、メンバー全員がイケメンで、ダンスも当時ジャニーズで一番と言われていたのにも関わらず、「デビューするタイミングが悪かった」とリーダーだった柳沢超が後にテレビ番組で話していました。 現在に忍者がデビューしていたら人気が出ていたのではないかと思うファンも多くいます。 SMAP• グループ名:SMAP• デビュー年:1991年• メンバー:中居正広、木村拓哉、草なぎ剛、香取慎吾、稲垣吾郎• 旧メンバー:森且行 SMAPは、国民的グループと言われ、年代問わずファンから愛されたグループです。 -LOVING-」でデビューをしたのですが、アイドル氷河期と言われた時期を迎えていたため、思うように活躍することができませんでした。 その波を打破するため、今までのアイドル路線ではなくバラエティー路線にもSMAPは挑戦し、親しみやすさもありつつ、スター性もあるアイドルとして人気が高まったのです。 1996年にオートレース選手として活動すべく、森且行が脱退した後は5人で活動を続けました。 「青いイナズマ」や「夜空ノムコウ」、「ライオンハート」など数多くのヒット曲をリリースし、2003年にはSMAP最大のヒット曲「世界に一つだけの花」は平成で1番売れた曲です。 司会や俳優、バラエティー番組など多くの場所で個々でも活躍の幅を広げて、SMAPは国民的アイドルへと駆け上がりました。 しかし、SMAPのマネージャーと事務所の確執問題から2016年12月31日をもってグループは解散し、香取慎吾、草なぎ剛、稲垣吾郎はジャニーズ事務所を退所しています。 SMAPの解散は多くの人に衝撃と悲しみを与えることとなりましたが、SMAPの楽曲は今もジャニーズJr. に歌い継がれ、偉大なグループとして語り継がれるでしょう。 TOKIO• グループ名:TOKIO• デビュー年:1994年• メンバー:長瀬智也、城島茂、松岡昌宏、国分太一• 旧メンバー:山口達也、小島啓 TOKIOは、男闘呼組以来のバンド形式グループです。 バラエティー番組「アイドル共和国」の中で、「平家派」のメンバーだった城島茂と山口達也の2人が「城島茂バンド」を結成したことがTOKIOの始まりです。 その後、同じく平家派の松岡昌宏と国分太一が加入し、小島啓が加入するもデビュー直前で脱退し、長瀬智也が正式なメンバーとして加入し1994年に「LOVE YOU ONLY」でCDデビューしました。 TOKIOはデビューして3ヶ月10日で「第45回NHK紅白歌合戦」に出場し、忍者の最速記録を塗り替え、2007年まで24回連続出場を果たした歴代最多のジャニーズグループです。 1995年からはバラエティー番組「ザ!鉄腕!DASH!! 」が始まり、現在でも続く長寿番組として愛され、農業を試行錯誤しながらがんばるメンバーの姿に、様々な年代の人にTOKIOが認知されるようになりました。 それ以降もコンスタントに曲をリリースしていましたが、2018年に山口達也が不祥事を起こし、グループを脱退してからは音楽活動は休止されています。 グループ名:V6• デビュー年:1995年• メンバー:岡田准一、森田剛、三宅健、長野博、井ノ原快彦、坂本昌行 V6は、年長組3人の「20th Century(通称:トニセン)」と、年少組の3人の「Coming Century(通称:カミセン)」の2組が存在するグループです。 1995年にバレーボールワールドカップのイメージキャラクターとしてV6は結成されました。 V6のVには「Volleyball(バレーボール)」や「Victory(ビクトリー)」、「versus(バーサス)」など様々な意味が込められているとメンバーが音楽番組「HEY! HEY! HEY! 」で話していました。 グループでの音楽活動もしながら個々での活動も増え、ドラマや舞台などの俳優や、手話やグルメなどの特技を活かした仕事など、幅広く活躍しています。 年齢を重ねた現在も、キレッキレのダンスは健在で、グループ全員がバック転ができるジャニーズグループはかなり珍しい存在です。 KinKi Kids• グループ名:KinKi Kids• デビュー年:1997年• メンバー:堂本光一、堂本剛 KinKi Kidsは、ジャニーズ初のデュオグループです。 1991年に同じ時に堂本光一と堂本剛はジャニーズ事務所に入所し、同じ苗字だったことから、ジャニーズJr. の時から一緒に活動することがほとんどでした。 主に光GENJIやSMAPのバックダンサーを務めていて、様々なグループ名が付けられるも、1993年に正式にKinKi Kidsと発表されたのです。 1997年にKinKi Kidsは「硝子の少年」でCDデビューし、現在まで発売されているCDはすべて初登場1位を獲得しており、ギネス記録を更新し続けています。 2人はそれぞれ個々でも活躍していて、堂本光一は舞台「SHOCK」シリーズを20年にわたり牽引し、堂本剛は数々のソロプロジェクトを立ち上げ、寺院でのライブを成功させました。 それぞれの個性が強い2人組ですが、今まで一度も喧嘩はしたことがないと言います。 J-FRIENDS• グループ名:J-FRIENDS• デビュー年:1998年• メンバー:TOKIO、V6、KinKi Kids J-FRIENDSは、阪神・淡路大震災のチャリティーを目的に、グループ内に関西出身メンバーがいるグループで結成された期間限定プロジェクトです。 所属グループはTOKIOとV6とKinKi Kidsの3組です。 CDをリリースしたり、ジャニーズカウントダウンライブを開催し、収益の一部を義援金として寄付したり、募金を呼びかけるなどの活動を行っていました。 現在も毎年開催され、年末の風物詩と言われるジャニーズカウントダウンライブは復興チャリティーイベントとして開催され、J-FRIENDSによって根付いたと言っても過言ではありません。 震災当時に小学1年生が義務教育が終了するまで活動は続けられ、2003年に終了しました。 現在も再結成を望むファンは多く、J-FRIENDSの名曲をまた聴きたいと思う人も多くいることでしょう。 グループ名:嵐• デビュー年:1999年• メンバー:大野智、相葉雅紀、松本潤、櫻井翔、二宮和也 嵐は、「世界中に嵐を巻き起こす」という意味から名付けられています。 1999年9月に突如として集められた5人は、何も知らないままハワイに出発し、クルーズ客船にて嵐のデビュー記者会見を行いました。 相葉雅紀はジャニーさんから「パスポート持ってる?」と聞かれ「あります」と答えたためハワイ行きが決まり、「持っていないと答えていたら嵐ではなかったかもしれない」と言っています。 デビューこそ華々しかったものの、その後は思うように活躍することができず、苦悩の期間が続きました。 今では嵐は国民的アイドルグループとなり、嵐を見ない日はないほどメディアに出演していますが、2020年12月31日付けで活動休止が予定されています。 タッキー&翼• グループ名:タッキー&翼• デビュー年:2002年• メンバー:今井翼、滝沢秀明 タッキー&翼は、滝沢秀明と今井翼の2人組グループです。 滝沢秀明は、ジャニーズJr. 内のリーダー的存在で、すでに多くのファンがおり、ジャニーさんは滝沢秀明をソロでデビューさせようとしていたそうです。 しかし、滝沢秀明は今井翼とデビューしたいと希望したことから、2002年にシングルではなくオリジナルアルバムでCDデビューすることとなりました。 「Venus」や「Ho!サマー」などヒット曲を多くリリースしましたが、2017年に今井翼の体調不良を機に、タッキー&翼の活動を休止することになったのです。 その後、活動再開することはなく、2018年9月に解散を正式に発表し、同時に滝沢秀明は芸能活動から引退することと、今井翼はジャニーズ事務所から退所することも発表されました。 2018年12月31日~2019年1月1日のジャニーズカウントダウンライブが最後のタッキー&翼の出演となり、ジャニーズ事務所一丸となって2人を送り出し、感動のフィナーレで送り出すことが出たでしょう。 NEWS• グループ名:NEWS• デビュー年:2003年• メンバー:小山慶一郎、加藤シゲアキ、手越祐也、増田貴久• 旧メンバー:山下智久、錦戸亮、内博貴、草野博紀、森内貴寛 NEWSは、「North」「East」「West」「South」の頭文字を繋げており、「新しい情報」という意味も込められて名付けられたグループです。 錦戸亮と内博貴は、関ジャニ8と掛け持ちをするという初の試みでした。 解散も囁かれましたが、4人で活動していくことを決め、メンバーの少なさを感じさせないパフォーマンスで、デビュー当初に負けない人気グループとなっています。 デビュー年:2004年• メンバー:安田章大、丸山隆平、大倉忠義、村上信五、横山裕• 内で結成されたグループです。 リリースする曲はどれも関西色が強く、コンサートではコントを披露するなど、今までのジャニーズにはないお笑い要素のあるグループとして人気を博しました。 トラジ・ハイジ• グループ名:トラジ・ハイジ• デビュー年:2004年• メンバー:国分太一、堂本剛 トラジ・ハイジは、映画「ファンタスティポ」の役名のまま結成されたグループです。 TOKIOの国分太一とKinKi Kidsの堂本剛が主演の映画で、家族愛をテーマにしたコメディー物語です。 ファンタスティポの楽曲は、どこか「古臭くてレトロ」がコンセプトとなっていて、衣装やミュージックビデオ、振り付けも個性的になっています。 TOKIOで活躍する国分太一は、普段キーボードを担当しているため、ダンスを踊ったのはほぼジャニーズJr. 時代ぶりということで話題になりました。 現在でも、ジャニーズカウントダウンライブで復活することが稀にあります。 修二と彰• グループ名:修二と彰• デビュー年:2005年• メンバー:亀梨和也、山下智久 修二と彰は、ドラマ「野ブタ。 をプロデュース」の役名のまま結成されたグループです。 KAT-TUNの亀梨和也とNEWSの山下智久が主演のドラマで、いじめられっ子の女の子をプロデュースする中で、2人の男子高校生が成長していく物語です。 ドラマの主題歌でもある「青春アミーゴ」はオリコン初登場1位を獲得し、発売4週目でミリオンを達成しており、日本国内の累計で162. 6万枚を売り上げています。 その後、2017年に12年ぶりにドラマ「運命の人」で共演し、今度は2人のニックネームである「亀と山P」でドラマの主題歌「背中越しのチャンス」をリリースしました。 そして2020年には、コンサートツアーが開催されることが発表されていて、多くのファンが待ち望んだ活動と言われています。 KAT-TUN• グループ名:KAT-TUN• デビュー年:2005年• メンバー:亀梨和也、上田竜也、中丸雄一• 旧メンバー:赤西仁、田中聖、田口淳之介 KAT-TUNは、メンバーの名字のイニシャルを取って名付けられています。 2001年に結成され、ジャニーズJr. 時代から高い人気があり、デビュー前にもかかわらずコンサートは常に人気となり、1日に11公演を達成したことも。 2005年に亀梨和也と赤西仁が出演したドラマ「ごくせん」で更に人気が増し、2006年に「Real Fece」でCDデビューを果たすと、オリコン年間ランキング1位に選ばれるほどヒットしました。 その後も数々のヒット曲をリリースしますが、2010年に赤西仁が、2013年に田中聖が、2016年に田口淳之介が脱退し、デビュー時の半分の人数となってしまいました。 2016年から「充電期間」を設け、ソロ活動を中心に3人それぞれが活動し、2018年に再始動が発表され、これまでより一層ファンを大切にし、グループ活動を行っています。 GYM• グループ名:Kitty GYM• デビュー年:2005年• メンバー:山下智久、GOLF、MIKE、北山宏光、伊野尾慧、戸塚祥太、八乙女光 Kitty GYMは、女子バレーボール ワールドグランプリ2006のスペシャルサポーターとして結成された期間限定グループです。 ジャニーズJr. だったKittyのメンバーと、NEWSの山下智久、タイ出身のGOLF&MIKEで構成されており、「フィーバーとフューチャー」をリリースしました。 Kittyのメンバーは全員それぞれのグループでデビューして活躍しており、現在では貴重な組み合わせのメンバーと言われています。 その後、女子バレーボール ワールドグランプリ2006が終幕とともに、GYMの3人の活動は終了しましたが、Kittyの4人は番組「YOUたち!」に出演し、1年間活動を続けました。 テゴマス• グループ名:テゴマス• デビュー年:2006年• メンバー:手越祐也、増田貴久 テゴマスは、NEWSの手越祐也と増田貴久のデュオグループです。 ジャニーズJr. 時代から歌唱力の高い2人で歌う機会が多かったこともあり、2006年にスウェーデンで「Tegomass」としてシングル「Miso Soup」でデビューを果たしました。 当時、NEWSの楽曲の多くをスウェーデンの作曲家チームに作成してもらっていたことから実現されました。 その後、日本でも「ミソスープ」でCDデビューを果たし、オリコン初登場1位を獲得しています。 「キッス~帰り道のラブソング~」や「アイアイ傘」、サスケのヒット曲「青いベンチ」をカバーなど、数多くのヒット曲をリリースしました。 増田貴久の優しい歌声に、手越祐也のハモリが抜群に合わさり、NEWSの時とは違う魅力を見せてくれるグループだと言えるでしょう。 トリオ・ザ・シャキーン• グループ名:トリオ・ザ・シャキーン• デビュー年:2006年• メンバー:東山紀之、森田剛、須賀健太 トリオ・ザ・シャキーンは、ドラマ「喰いタン2」の主題歌のために結成された期間限定グループです。 少年隊の東山紀之を中心に、V6の森田剛と俳優の須賀健太の3人で構成されていて、2007年に「愛しのナポリタン」という曲をリリースしました。 ドラマ内で東山紀之が食いしん坊探偵という役だったため、歌詞の中にも多くの食べ物が出てきて、どこか懐かしい曲調のラテン系の楽曲となっています。 ドラマのために結成されたグループのため、活動期間は3ヶ月間と短く、現在では見ることのできないスペシャルメンバーです。 Hey! Say! JUMP• グループ名:Hey! Say! JUMP• デビュー年:2007年• メンバー:山田涼介、知念侑李、岡本圭人、中島裕翔、有岡大貴、伊野尾慧、高木雄也、八乙女光、薮宏太• 旧メンバー:森本龍太郎 Hey! Say! JUMPは、メンバー全員が平成生まれで、「平成の時代を高くジャンプしていく」という意味で名付けられたグループです。 ジャニーズJr. 内でそれぞれのグループに所属していた10人が集められ、Hey! Say! JUMPとして音楽番組「HEY! HEY! HEY! 」に出演して結成を発表し、2007年にCDデビューを果たしました。 当時は今までのジャニーズJr. グループが解体になり、先輩である今のA. C-ZやKis-My-Ft2を差し置いてのデビューだったため、多くのファンがHey! Say! JUMPを良く思われない時期がありました。 そのためデビューして思うように活動が上手くいかず、Hey! Say! JUMPの暗黒期と言われています。 しかし、苦難もありながら活動を続け、着々と力を付けていき、アジアツアーを成功させたり、2017年からNHK紅白歌合戦にも出場したり、活躍の場が増えていったのです。 音楽番組だけではなく、メンバーそれぞれがバラエティー番組やドラマに出演し、これからの活躍が期待されています。 Shadow・NYC• Shadow・NYC• デビュー年:2009・2010年• Shadowは、関西ジャニーズJr. の中山優馬と、B. Shadowの4人で結成されたグループです。 中山優馬は関西で、B. Shadowは、Hey! Say! JUMPの山田涼介と知念侑李とNYCを結成することとなり、「NYC boys」としても活動が始まったのです。 翌年の2010年に正式にNYCとしてCDデビューを果たし、NHK紅白歌合戦にも出場しました。 しかし、Hey! Say! JUMPと掛け持ちで活動していたことや、2011年にSexy ZoneとしてB. Shadowの中島健人と菊池風磨がデビューすることとなり、グループは自然消滅となっています。 後にB. Shadowの松村北斗と高地優吾は、SixTONESとしてデビューすることとなりました。 Kis-My-Ft2• グループ名:Kis-My-Ft2• デビュー年:2011年• メンバー:北山宏光、千賀健永、宮田俊哉、横尾渉、藤ヶ谷太輔、玉森裕太、二階堂高嗣• 旧メンバー:飯田恭平 Kis-My-Ft2は、ローラースケートを武器に、下積み時代を長く経験したグループです。 結成は2005年に兄組Kis-My-Ft. の4人と弟組A. の4人が合体して8人でKis-My-Ft2になりました。 その後、メンバーの飯田恭平が脱退してからは7人で活動を続け、ジャニーズJr. でありながら舞台やコンサートを開催し、人気グループへとなっていました。 しかし中々デビューが決まらなかったのですが、2010年に舞台「少年たち 格子無き牢獄」にA. C-Zと出演した際、ジャニーさんがデビューさせようと決めたそうです。 2011年8月に「Everybody Go」でCDデビューを果たし、光GENJI以来のローラースケートと使うパフォーマンスをするジャニーズグループとして注目を集めました。 今までのジャニーズよりも更にバラエティー色の強いグループとして、「本当にアイドルなの?」と思わせるほど体を張るようなこともこなし、新たなポジションを確立したグループと言えます。 Sexy Zone• グループ名:Sexy Zone• デビュー年:2011年• メンバー:佐藤勝利、中島健人、菊池風磨、マリウス葉、松島聡 Sexy Zoneは、ジャニーズ事務所史上最年少グループとしてデビューしました。 メンバーは、B. Shadowで活動していた中島健人と菊池風磨と、ジャニーズ事務所に入ったばかりの佐藤勝利とマリウス葉と松島聡の5人で、デビュー会見の4日前までメンバー選考を行っていたそうです。 2011年11月に「Sexy Zone」でCDデビューを果たし、ワールドカップバレーボール2011のスペシャルサポーターにも就任しました。 順風満帆かと思いきや、一時マリウス葉と松島聡が弟分ユニットを結成し、Sexy Zoneは3人での活動になってしまった時期があり、ファンは困惑する事態となっていました。 その後、再び5人体制に戻りましたが、2018年に松島聡がパニック障害の療養のため、しばらく芸能活動を休止することを発表しています。 Hey! Say! JUMP以来の王道アイドルとして活動する一方で、近年は中島健人のキャラが人気を呼び、バラエティー番組にも進出しています。 C-Z• グループ名:A. C-Z• デビュー年:2011年• メンバー:橋本良亮、河合郁人、戸塚祥太、塚田僚一、五関晃一 A. C-Zは、「Acrobat Boys Club」の略で、Zを付けたして「ゼロからスタートを切っていく」という意味から名付けられています。 もともと橋本良亮以外の4人はA. として活動していて、ジャニーズ事務所に入ったのも1999年頃とかなりの下積みを経験したベテラン組です。 その中に新たな風を巻き起こせるようにと橋本良亮を加入させ、2011年12月にジャニーズ事務所初のDVDでのデビューを果たしました。 C-Zはアクロバットが得意なグループのため、「歌だけでなくパフォーマンスを見て自分たちを知ってほしい」とジャニーさんに直談判しに行ったのだそうです。 他のグループより遅咲きで、年齢も高いのでフレッシュさではなく、今まで経験したことを活かしたそれぞれの才能で、司会やバラエティー番組、舞台や振り付けなど多方面で活躍しています。 The MONSTERS• グループ名:The MONSTERS• デビュー年:2012年• メンバー:香取慎吾、山下智久 The MONSTERSは、SMAPの香取慎吾と山下智久で結成されたグループです。 2012年に2人が出演したドラマ「MONSTERS」の主題歌を歌うために誕生し、異色のコラボレーションが話題を呼びました。 また、2013年に発売した山下智久のアルバム「A NUDE」に収録されている「PAri-PArA」はThe MONSTERS名義で作詞・作曲がされていて、その後も親交が続いていたようです。 舞祭組• グループ名:舞祭組• デビュー年:2013年• メンバー:千賀健永、二階堂高嗣、横尾渉、宮田俊哉 舞祭組は、SMAPの中居正広がプロデューサーとなって、Kis-My-Ft2から派生して結成されたグループです。 2013年にKis-My-Ft2のレギュラー番組「キスマイBUSAIKU!? 」に中居正広がゲストで出演した際、後列で踊る4人で歌を出すことを提案したことから始まりました。 当時の4人は音楽活動でも歌割は少なく、バックダンサーのような扱いで、番組内でも下位ばかりに入っていたため、Kis-My-Ft2とは違う形で世の中に知ってもらえるようなチャンスが訪れたのです。 デビュー曲は「棚からぼたもち」という曲で、ジャニーズらしからぬユニークな振り付けと歌詞が話題となり、グループ名の舞祭組を連呼する歌詞はインパクト抜群でした。 それから、舞祭組の4人にも日の目が当たるようになり、ドラマの主演を務めるまでに成長し、多くの人に知ってもらえるようになりました。 ジャニーズWEST• グループ名:ジャニーズWEST• デビュー年:2014年• からデビューしたグループです。 2013年12月31日~2014年1月1日に行われたジャニーズカウントダウンライブで、重岡大毅と中間淳太と桐山照史と小瀧望の4人で「ジャニーズWEST4」でデビューすることが発表されました。 しかし、メンバーは納得しておらず、神山智洋と藤井流星と濵田崇裕も一緒にデビューしたいとジャニーさんに直談判し、7人でジャニーズEWSTとしてデビューすることに。 発表は主演舞台「なにわ侍 ハロー東京!! 」の初日に行われ、ファンも知らされておらず、メンバーとファンが一同に歓喜に包まれたのです。 デビュー年:2018年• KING」と「Prince」の2グループから結成されているグループです。 ジャニーズJr. 時代から2グループは「Mr. King vs Mr. Prince」と称され、ライバルであり、仲間であり、一緒に活動を共にしてきました。 しかし、2016年以降はそれぞれに分かれて活動が行われ、2017年に開催されたコンサートで6人そろったことで、メンバー6人でデビューさせてほしいとジャニーさんに直談判したそうです。 グループ全員が王子様キャラで、一気に人気に火が付き、CDはもちろん、DVDやBDの売り上げが初週で20万枚を超えるなど、史上初の記録を出しています。 メンバーの岩橋玄樹がパニック障害の療養で現在は5人での活動ですが、メンバーやファンは6人での活動を強く希望し、復帰を待ち望んでいます。 SixTONES• グループ名:SixTONES• デビュー年:2020年• メンバー:ジェシー、京本大我、高地優吾、田中樹、森本慎太郎、松村北斗 SixTONESは、ジャニーズ史上初2グループ同時デビューを果たしました。 ドラマ「私立バカレア高校」に出演した6人は、一緒に活動することが多く、ファンからは「バカレア組」という愛称で親しまれていましたが、突如バラバラで活動することになったのです。 2015年に出演した「ザ少年俱楽部」で6人で2年ぶりにKAT-TUNの「Hell,No」を披露し、6人で活動を強く意識し始め、舞台「ジャニーズ銀座2015」でSixTONES結成を発表されました。 その後は、ジャニーズJr. の中のリーダー的存在で、デビューしていないにも関わらず高い人気を博し、ジャニーズJr. のYoutubeチャンネルでも再生回数がダントツでした。 2019年にジャニーさんが入院し、病室でSnow Manと同時デビューすることが知らされ、ジャニーさんが最後にデビューを決めたグループです。 2020年にYOSHIKI作詞作曲の「Imitation Rain」で華々しくデビューを果たし、今後の活躍が期待されてます。 Snow Man• グループ名:Snow Man• デビュー年:2020年• メンバー:岩本照、渡辺翔太、ラウール、深澤辰哉、目黒蓮、向井康二、阿部亮平、佐久間大介、宮舘涼太 Snow Manは、SixTONESと同じくジャニーズ史上初2グループ同時デビューを果たしました。 もともとアクロバットが得意なグループ「Mis Snow Man」として岩本照、渡辺翔太、深澤辰哉、阿部亮平、佐久間大介、宮舘涼太の6人で活動しており、多くの先輩グループのバックダンサーを務めていました。 2019年1月に関西ジャニーズJr. の向井康二と、宇宙Sixの目黒蓮、少年忍者のラウールの3人が加入し、新生Snow Manとしての活動がスタートすることに。 SixTONESと同じく同時デビューすることが決まり、2020年に激しいアクロバットが特徴の「D. 」でCDデビューを果たしました。 メンバーの阿部亮平と深澤辰哉はジャニーズJr. 歴が15年にも及んでいたため、長い下積みが長かった分、大きく羽ばたいてほしいとファンは願っています。

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ジャニーズ新ユニットHey! Say! JUMPデビュー! 着うた(R)は明日から!

平成ジャンプ デビュー当時

ジャニー喜多川さんがプロデュースしてきたアイドルグループ達は、みんなに夢や希望を与え、多くの人に笑顔や幸せを届けました。 ジャニー喜多川さんのおめがねにかなって華やかなデビューを飾ったアイドルグループ達をデビューした順に紹介していきたいと思います。 まずは、ジャニーズ事務所の初期にデビューしたアイドルグループたちです。 元々はジャニー喜多川さんの野球チームに所属していた4人をアイドルとしてデビューさせたことが、ジャニーズ事務所の始まりになります。 フォーリーブスは「ジャニーズ」のバックダンサーを務めたり、その頃ジャニーズjrと呼ばれていたので、今のジャニーズ事務所の体系を作った元祖グループといえそうです。 1978年には解散してしまいますが、その後2002年に活動を再開して2009年までライブ活動などをしていたようです。 フォーリーブスの弟分として人気を博しました。 河村信子• 初めてジャニーズ事務所のグループに女性が加わりました。 グループ名の由来は、田原の「田(た)」、野村の「野(の)」、近藤の「近(きん)」を合わせて付けられていますが、正式なユニット名ではないようです。 デビュー当時のキャッチフレーズは「YMF 正面突破」です。 解散後も3人それぞれ芸能界で大活躍されていますよね。 旧メンバー:錦戸亮• 旧メンバー:山下智久• 旧メンバー:内博貴• 旧メンバー:草野博紀• グループ内のメンバーでも入所した時期が違うので、 グループをまたいで先輩後輩が複雑に絡んでいるようですね。 年齢が年上でも入所が遅ければ後輩になってしまうんですね~。 年齢やデビュー時期がまったく関係ないかといえばそうではないみたいなので、思ったよりも ジャニーズ事務所内の上下関係、先輩後輩の順番は複雑なようです。 年齢も事務所の入所時期もほぼ同じとなるのですが、岡田さんがジャニーズ予備校からはじめたため、実際の入所時期が大野さんよりちょっとだけ遅いようです。 番組で共演した際には、2人の先輩後輩バトルが頻繁に繰り広げてられていますよ(笑) 昔は オーディションから事務所に入ったか、 ジャニー喜多川さんの電話が来たかなど、入所の仕方も違ったようなので結構曖昧みたいですね。 ジャニーズは、先にデビューした方が先輩という風習があるようですが、最近デビューするグループは、Jr歴が長いこともあるので、そのあたりも曖昧な理由かもしれません。 デビュー順に画像付き一覧でまとめると、年齢・上下関係・先輩後輩の順番が少しわかるような気がしましたが、ジャニーズ事務所ではデビュー順ではなく入所した順番で上下関係が決まっているそうなので、上下関係も意外と複雑なことがわかりました! こうやって一覧にしてみるといかにジャニー喜多川さんがプロデュースしたアイドルグループが多いのかがわかりますよね。 1990年代後半くらいからデビューしたグループは、現在も活躍しているグループがほとんどですね。 今後も夢と希望を届けるジャニーズ事務所でいてほしいなと思います。

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