笠間 稲荷 神社 御朱印。 日本三大稲荷の一つ、笠間稲荷神社で頂ける2種類の御朱印(茨城県笠間市)

笠間稲荷神社のご利益がすごい|縁結びのお守りと御朱印帳が大人気

笠間 稲荷 神社 御朱印

一の門 笠間稲荷神社は笠間市笠間1番地にある神社。 住所からしてなんかすごい。 門前の通りは駐車場とお土産の販売店がずらり。 平日は空いていますが、土日は県内の神社でも有数の賑わいです。 笠間神社の由緒をご紹介します。 当社の御創建は、社伝によれば第36代孝徳天皇の御代、白雉2年(651)と伝えられています。 その後幾星霜を経て、桜町天皇の御代、寛保3年(1743)には時の笠間城主井上正賢により社地社殿が拡張され、又延享4年(1747)牧野貞通が城主となるや先例により祈願所と定められ、境内地・祭器具等が寄進されました。 以来歴代藩主の篤い尊崇を受けました。 ご祭神は 宇迦之御魂 うかのみたま神です。 稲荷神社だとこの神様か保食神などがご祭神です。 ご祭神に狐の姿をイメージされる方が多いかと思いますが、狐は神様のお使いです。 西洋の神様と天使の関係に近いですね。 狐は田植えや収穫の時期に人里に現れるので、いつしか豊作や商売繁盛と結びついたのかもしれません。 『稲荷』は『稲が成る』を語源とする説もあるんですよ。 旧村社ですから社格としては高くありませんでした。 人気の理由はやはり商売繁盛のご利益があるとされているからでしょうか。 大変立派な境内を見ると「なるほど」と納得せざるを得ませんね! 聖徳殿 聖徳太子をお祀りする 聖徳殿 しょうとくでんです。 大変古そうな社殿ですが、境内や茨城県神社誌などを見ても詳細がわかりません。 笠間稲荷のWebサイトから引用します。 聖徳太子がお祀りされています。 笠間施工組合(大工職)が中心に太子講が組織されています。 また大黒天(大国主大神)、事比羅社(大物主大神)合殿にてお祀りされています。 ざっくりな説明ですが、講があるということは、かなりの歴史を持っていそうです。 この社殿には一緒に 常陸国七福神の大黒天もお祀りしています。 常陸国七福神とは土浦市の真延寺からはじまった七福神巡礼です。 こちらの大黒天はくくり頭巾で狩衣姿、左肩に袋、右手に打ち出の小槌を持っています。 元禄時代に広まった米俵に乗った姿と違うことが特徴だとか。 少々暗いのですが、社殿の右の方に安置されていますので、ぜひご覧ください。 大黒天は国造りの神である大国主命と同一視されています。 お参りすることで財産に恵まれるご利益があると考えられています。 総門 境内の東側の出入り口には総門があります。 建てられたのは文化10年(1814年)です。 楼門ができるまでは随神門として使われていました。 いまは像が楼門に移され御幣を置いています。 はじめてご覧になった方は大きさや色、造りに驚かれると思います。 正面の巨大な鳥居がなければ間違いなくこちらが本来の入口だと感じるはず。 総門の裏手には本殿を移築(後方に100m)した際に使われた大毛綱があります。 崇敬者2万人の女声の髪の毛が使われているのだとか。。 なかなかのオーラを放っています。 紋三郎狐の伝説 笠間稲荷の神様は本当にキツネだという昔話(説)があります。 キツネは 紋三郎 もんざぶろうというシブい名前です。 昔話をざっくりとご紹介しますと・・・ むかし、県北に神通力を持った4匹のキツネの兄弟がいました。 兄弟は人間に悪さをする仲間たちのことを申し訳なく思っていて、罪滅ぼしのために自分たちの力を人間に役立てることにしました。 長男は川、次男は平野、三男は山、四男は海にわかれて、人々の生活を助けました。 川と瓜連城を守っていた長男の源太郎はたいへん人気がありましたが、兄弟の中で一番人間に喜ばれて出世したのは笠間の紋三郎でした。 石を見つける・・・わたしは兄弟でもっとも地味な能力だと思いましたが、出世したのはいろいろと理由があるんです。 昔話は以下の記事に詳しく書きましたのでご覧ください。 それでは、笠間稲荷を離れて、別の魅力をご紹介します。 笠間いなり寿司 実は笠間いなり寿司を食べるのはこの日が初めてでした。 お味のほどは。。 くるみのサクサクした食感がいいです。 とても香ばしくてふつうのいなり寿司とはぜんぜん違います。 ごまもいいアクセントになっています。 これはB級グルメなんでしょうか?どちらかというと高級志向だと思います。 いなり寿司に上品な味わいが加わったように感じました。 アクセス 名称 笠間稲荷神社 住所 茨城県笠間市笠間1番地 駐車場 無料駐車場あり Webサイト 車の場合(無料駐車場) 笠間稲荷の無料駐車場は2箇所です。 ただし、 催事のときには有料になるのでご注意ください。 おそらく民間よりも割高になります。 民間の駐車場は終日で300円ほどです。 300円を下回ることはないと思いますので、支出できればなるべく鳥居のそばに駐車しちゃいましょう。 電車の場合 最寄り駅は水戸線の笠間駅です。 駅からの距離は約1. 5km。 徒歩20分、タクシーだと5分くらいです。 周辺の観光地 笠間稲荷周辺の寺社を中心にご紹介します。 詳細はリンク先の記事をご覧ください。 MEMOすべての寺社で御朱印(書き置き含む)をいただけます。 佐白山 正福寺(笠間市笠間) 公営笠間稲荷駐車場の目の前。 神社よりも近くにある 正福寺は毎月新しい御朱印を発布することで知られています。 坂東観音霊場にも数えられていますので、ぜひあわせてお参りしてみてください。 石井神社(笠間市石井) 笠間稲荷から車で10分かからない場所に鎮座している 石井神社。 健脚の神様をお祀りしていて、近年手作りのユニークなお守りをいただけるようになりました。 稲田神社(笠間市稲田) 笠間にきたらぜひお参りしていただきたい 稲田神社。 かつて旧県社の社格を持つ由緒ある神社です。 笠間稲荷から車で10分ほど。 国道50号から脇道に入った場所に鎮座しています。 西念寺(笠間市稲田) 稲田神社と同じ稲田にある 西念寺。 かつて浄土真宗の開祖 親鸞の草庵があったといわれます。 非常に立派な本堂で秋には美しい銀杏を楽しむことができます。 常陸国出雲大社(笠間市福原) 日本一といわれるしめ縄がある 常陸国出雲大社は笠間稲荷から車で15分ほど。 御朱印・御朱印帳の発布もされていますよ! まとめ.

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笠間稲荷神社の御朱印帳や御朱印時間!ご利益やお守り|稲光閣と初詣駐車場のご紹介

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笠間稲荷神社のお守り・おみくじ 交通安全のお守り 今年は笠間稲荷神社に行ってきましたっ 可愛いお守り購入… いろんな柄があって、同じ和紙でも切り取る場所によって全然雰囲気違くてね…一目見て『あ、薬研さんの色…』って手に取った。 可愛い… 兄に選んだのが右。 そうです。 『いち兄っぽい。 こちらも可愛い。 笠間稲荷神社の御朱印・御朱印帳 茨城県笠間市の笠間稲荷神社の御朱印と相川七瀬さんデザインの御朱印帳 — 夜明けのゴン太 MEC食&飛び物 dream64night 笠間稲荷神社の御朱印帳。 きつねのデザインをされたのは、歌手の相川七瀬さん。 御朱印には「胡桃(くるみ)」の字が見えますね。 笠間稲荷神社の地はその昔、胡桃の密林があり、そこにお稲荷様がご鎮座されていたことから胡桃下稲荷とも呼ばれていたのです。 笠間稲荷の駐車場のすぐそこ。 赤穂の大石内蔵助さんのひい祖父さんが住んでいたそう。 すごく、涼しい。 — 白猫屋大和 k7zMBZiiZ2abEdB 笠間稲荷神社は、代々笠間藩の藩主から厚く崇拝されてきました。 全国にある笠間稲荷神社の分社は、笠間藩の人たちが分霊したものが多くあります。 笠間藩の五代藩主は浅野長重という人。 こちらは忠臣蔵で有名な浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)のひいおじいさんに当たる人。 浅野内匠頭亡き後、見事討ち入りを果たした大石内蔵助。 大石家、浅野家ともに笠間稲荷神社を崇拝していました。 大石内蔵助は、笠間稲荷神社のご分霊を邸内にお祀りされ、「大石稲荷神社」と呼ばれるようになりました。 坂本九さんは笠間稲荷神社で結婚式を挙げられた 笠間稲荷神社は、縁結びのご利益があることで知られています。 世界的に有名な歌手、坂本九さんが結婚式を挙げられたことでも有名です。 日本三大稲荷、笠間稲荷神社で菊祭り・大菊花展「真田丸」開催中! — Jeaen jeaen 笠間稲荷神社といえば「菊祭り」が有名です。 きれいな菊が見られるのはもちろんですが、楽しいイベントも開催されます。 笠間稲荷神社|樹齢400年の藤棚 笠間稲荷神社の見事な藤棚 — りぼん noisette0924 笠間稲荷神社の藤棚は樹齢400年。 茨木県の天然記念物にも指定されています。 笠間稲荷神社|午の日の縁日 笠間稲荷神社では干支の「午の日」(うまの日)に縁日が行われます。 この慣わしは、笠間稲荷神社のご祭神である宇迦之御魂神が、京都の東伏見稲荷に降臨されたのが2月の第1午の日だったことから来ています。 例えば、願掛けをする絵馬。 もともとは、馬を神に奉納するという習慣からきているのです。 馬を奉納するのは高価で無理というところから、絵馬を奉納する習慣に変わっていったのです。 笠間稲荷神社でも2月の最初の午の日を「初午祭」が開催されます。 笠間稲荷神社のご利益をくださるご祭神 宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ) お稲荷さんとして親しまれている神様。 五穀豊穣 商売繁盛 交通安全 火難除け 子孫繁栄 芸能上達 などなどたくさんのご利益をくださる神様です。 笠間稲荷神社の末社にもご利益はたくさん! 笠間稲荷神社の末社は、行った時間は光線がよくなくて……。 ここが月読尊のおわすお宮。 — あの anomomo 月読神社(つきよみじんじゃ) ご祭神 月読尊(つきよみのみこと) 海上安全、安産、歴の神様 白山神社 ご祭神 菊理媛命(くくりひめのみこと) 伊佐那岐命(いざなぎのみこと) 伊佐那美命(いざなみのみこと) 夫婦和合、縁結び、牛馬の安産の神様 菅原神社 ご祭神 菅原道真公 学問、受験合格の神様 粟島神社(あわしまじんじゃ) ご祭神 少彦名命(すくなひこなのみこと) 医療、酒造、温泉、裁縫の神様 山倉神社 ご祭神 高皇産霊神(たかむすびのかみ) 建速須佐之男神(たけはやすさのおのみこと) 大国主神(おおくにぬしのみこと) 病気平癒、火難・水難よけ、子孫繁栄、縁結びの神 笠間稲荷神社の初詣.

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日本三大稲荷 笠間稲荷神社|由緒・御朱印・ご祈祷・周辺観光地(笠間市)

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御祭神:宇迦之御魂神 社格:旧村社・別表神社 所在地:茨城県笠間市笠間1番地 最寄駅:JR水戸線 笠間駅 かさま観光周遊バス JR常磐線 友部駅発着 笠間稲荷神社前停留所 茨城交通高速バス 関東やきものライナー 秋葉原駅発着 笠間稲荷神社入口停留所 URL: 御由緒:社伝によれば第36代孝徳天皇の御代、651 白雉2 年の創建と伝えられている。 鎌倉時代に笠間城を築城した笠間時朝をはじめ、歴代城主により篤い崇敬を受けた。 笠間藩初代藩主・松平康重は丹波国篠山藩に移封後に当社の御分霊を勧請し、王地山稲荷 兵庫県篠山市河原町92 を創立している。 三代藩主・松平 戸田 康長、四代藩主・永井直勝は笠間藩からの転封後、当社の御分霊を奉斎、崇敬したという。 また忠臣蔵で有名な大石内蔵助は、1694 元禄7 年に笠間より勧請・奉斎した大石稲荷社を祀っている。 現・兵庫県赤穂市上仮屋131-7、赤穂大石神社境内の大石庭園内に鎮座 十三代藩主・井上正賢 のち正経 は、1743 寛保3 年に当社を藩主祈願所と定め、社地社殿の拡張に努めた。 1747 延享4 年に入封した牧野貞通も同じく祈願所とし、社地や祭器具等を寄進している。 1859 安政6 年、牧野貞直は日本橋の江戸下屋敷内に御分霊を奉斎し邸内社としており、これが現在のになった。 年間350万人、正月三が日だけで80万人以上の参拝者が訪れ、初詣参拝者数では県内1位、全国でも有数の規模となっている。 鳥居は2016 平成28 年4月現在修復工事中。 東日本大震災での損壊や経年劣化のため5基あった鳥居が撤去され、現在大鳥居の再建が進められている。 総工費の約9千万円は全額が全国から寄せられた奉賛金で賄われるという。 東側参道、1814 文化10 年造営の総門は健在。 かつて奉安されていた随神像はのちに新築された楼門に移され、現在は御幣と白黒の神馬木像が奉安されている。 1961 昭和36 年造営の楼門には「萬世泰平門」との正式名があるようだ。 楼門の左脇には車祓のための交通安全祈願所も。 千鳥破風・唐破風付入母屋造で、総面積98坪 約300㎡ を有する鉄筋コンクリート造の拝殿は1960 昭和35 年10月造営。 話はそれるが、笠間稲荷神社にはふたつの通称がある。 当地にあった胡桃の密林にちなんで称された「胡桃下稲荷 くるみがしたいなり 」と、笠間藩主・牧野貞通の一族である門三郎が、深い信仰心から多くの人々に功徳を施したという伝承から「紋三郎稲荷」とも呼ばれた。 「紋三郎稲荷」の名は古典落語の題名にもなっていて、笠間藩の下級武士が、籠屋らの勘違いを利用して笠間稲荷の眷属狐になりすまし、信心深い人々を化かす話である。 本殿は江戸末期の1860 万延元 年に造営された国指定重要文化財である。 外陣 旧拝殿 及び内陣 本殿 で構成され、外観の周囲には当時の名匠・後藤縫之助や弥勒寺音八・諸貫万五郎による秀逸な彫刻が施されている。 境内右脇と本殿後方に境内末社が鎮座している。 聖徳殿には聖徳太子のほか、常陸七福神の大黒天 大国主大神 、事比羅社 大物主大神 が祀られている。 本殿後方には山倉神社 高皇産霊神・建速須佐之男神・大国主神 、合祀殿には月讀神社 月讀尊 、白山比咩神社 菊理媛命・伊邪那岐命・伊邪那美命 、菅原神社 菅原道真公 、粟島神社 少彦名神 が祀られている。 笠間稲荷神社と常陸七福神・大黒天の御朱印。 初穂料各300円。 拝殿前左手の授与所にて受けられる。

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