かみ すぎやま どおり しょうが っ こう ホームページ。 愛知県豊橋市の住所

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概要 [ ] に位置する小学校であり、最盛期は1年間に1000人を超える児童が入学したが、とによりから前期は最も少ないときで1学年2クラス編成にまで陥る年もあった。 しかし、学区内(主に地区)に高層マンションが乱立するようになり、の傾向もあって、(元年)現在では1・3・4年生は5クラス、2・5・6年生は4クラス編成まで回復している。 の指定校に、と共に選ばれている。 仙台市で生徒数第3位のである。 、宮城県議会議事堂、、本部、、本社、放送局、本社ビル、本社ビルを徒歩5分圏内に持つ市中心部に位置する。 (平成23年)に発生した()発生直後、上杉近隣では、市内中心部に通勤・通学していて帰宅困難となったが多数発生したが、同校の立地的責務上、体育館、教室を直ちに避難所として開放し、隣接学区となっている仙台市立東二番丁小学校、、仙台市立北六番町小学校とともに、約4000人を超える帰宅難民被災者を収容した。 この様子は、、を通じて、避難所開設の第一報として全世界へ実況配信された。 非常に長い歴史を持つ伝統校で、改築工事が行われ、旧校舎は取り壊された。 その校舎も老朽化し2017年(平成29年)には現在の新校舎が出来上がり、・・まで全て新しくなった。 学区がの学区とほぼ同一であるため、卒業生の大半は同校に進学する。 吹奏楽部の活動 [ ] 学校内の部もとても盛んに活動しており、度(平成15年度) - 度(平成16年度)にはマーチングバンド・バトントワーリング東北大会に連続出場し、ついに2005年度(平成17年度)にはで開催されたに出場した。 上記の大会以外にも、3月に行われていた「吹奏楽部卒業演奏発表会」は毎年盛大に行われ現役はもちろん、歴代卒業生メンバーとの合同演奏もある。 現在は合唱部との「合同卒業コンサート」という形になっている。 主な活動経歴• (59年) - 全日本吹奏楽コンクール全国大会 「海の歌」(R・ミッチェル)• 1984年(昭和59年)度~(平成20年)度 - 吹奏楽コンクール宮城県大会24年連続出場• (昭和60年) - 全日本吹奏楽コンクール東北大会金賞 「海の肖像」 (H・ラガッシー)• (元年) - 全日本吹奏楽コンクール東北大会金賞代表「スペイン奇想曲」より (N・リムスキー・コルサコフ)• (平成13年) - 国民体育大会「新世紀みやぎ国体」にて夏季大会競技役員団の入退場演奏を担当• 委嘱作品としてのが「新しい時代を越えて」を作曲し世界初演• 秋季大会アトラクション演奏としても「」をテーマにしたマーチングを披露• (平成14年) - 東北支部代表として北海道で行われた全国小学校管楽器合奏フェスティバルに参加• (平成15年) - マーチングバンド・バトントワーリング東北大会初出場• (平成16年) - マーチングバンド・バトントワーリング東北大会2年連続出場• (平成17年) - 全日本小学校バンドフェスティバル出場、グッドサウンド賞受賞• マーチングバンド・バトントワーリング全国大会銀賞受賞• 仙台市教育委員会教育功績者表彰 受賞• (平成30年) - 全日本吹奏楽コンクールでは、青葉・泉区地区大会、ゴールド金賞で県大会に進み、宮城県大会でもゴールド金賞で県代表校に選ばれる。 東北大会でもゴールド金賞で東北代表校に選ばれ、小学校では最終の東日本大会(イズミティ)も出場しゴールド金賞受賞。 曲は、鈴木英史作曲の「チンギスハーン」• (令和元年) - 全日本吹奏楽コンクールでは地区大会突破、宮城県大会は最優秀の団体に贈られる海鉾義美賞を受賞。 県代表校に選ばれる。 東北大会は二年連続のゴールド金賞受賞。 曲は「梁塵秘抄」福島弘和作曲。 また、東北吹奏楽の日演奏会出演や、アンサンブルコンテストなど多くの活動を行っている。 歴史 [ ] 「大仏前」時代 [ ] 本校は、にもとづいて仙台に初めて設置された7つの小学校の1つである。 (6年)、 三番小学校の校名で創立し、他の6校が7月開校だったため開校日はわずかに早かった。 校地は、大仏前通り(おぼとけまえどおり) を挟んで、現在のの向かい側にあった の境内だった。 設立時の仮教師は2名、生徒数は男429名・女230名の計659名であった。 翌(明治7年)、所在地のを採って 大仏前(おぼとけまえ) 小学校と改称したが、翌(明治8年)には美称を作って 知類小学校になった。 「外記丁」時代 [ ] (明治11年)に大仏前から外記丁と北一番丁がつくる交差点の東南角に移転。 翌(明治12年)、市内の小学校の名をまた地名からとることになったため、知類小学校から 外記丁小学校に改称した。 1879年(明治12年)、下のが第1回仙台区会を開いたとき、会場になった。 「上杉山通」時代 [ ] (明治22年)にに移転し 、 上杉山通に改称。 これ以降は「小学校」部分の正式名称が「」などに変わるだけで、「上杉山通」という固有名は変わらないできている。 所在地 [ ] 〒980-0011 宮城県仙台市青葉区上杉一丁目10番1号 脚注 [ ]• 仙台市道青葉1218号・錦町公園東線• (宮城県図書館。 年代:推定(4年))• 1955年刊『仙台市史』第2巻405頁。 1955年刊『仙台市史』第2巻415頁。 2008年刊『仙台市史』通史編6(近代1)68-69頁。 外記丁校舎の跡地には、(24年)に(現在のの源流)が移転し、附属小学校(現・)や女子部を併設した。 参考文献 [ ]• 仙台市史編纂委員会『仙台市史』第2巻(本篇2)、、(30年)。 仙台市史編さん委員会『仙台市史』通史編6(近代1)、仙台市、(20年)。 関連項目 [ ]• 外部リンク [ ]• この項目は、のに関連した です。

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愛知県名古屋市/脳神経外科

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川崎市で行ったイベント直後は大量のゴミが出てしまうのですが、すぐに回収に来てくれますしどんな不用品でも全てお任せできるので後片付けが楽で非常に助かっています。 従業員の出社が少ない日曜日に定期的に不用品回収をお願いしています。 そのおかげでゴミの無い状態で気持ち良く週の始まりを迎えられてやる気が高まっています。 機密文書の処理が徹底していて信頼できます。 特にその場で裁断してくれるサービスは、目の前で処理してくれる安心感がありこちらの手間も省けて一石二鳥です。 イベントの廃棄物が大量に出たのですが、川崎市の事業ゴミ回収日まで溜めおくことができず、こちらに依頼しました。 早朝の希望時間に来ていただけたので助かりました。 フロアのレイアウト変更をする際にお願いしました。 社員の多くから不要書類が出されたので、機密文書処理も対応できる不用品回収業者ということで選びました。 ここは不用品回収業者の大手と聞いていたので、最初から安心してお願いすることができました。 大手なのに意外と格安でした。 会社の引っ越しでお世話になりました。 大きな家具類からこまごました備品まで何でも不用品回収してくれたのであっという間に片付きました。 作業もとても丁寧で満足でした。 とにかく安いです!会社に来てもらって無料で見積りをしてくれるし、内訳もわかりやすいです。 追加料金を取られる心配がないのもありがたいです。 急いで倉庫を片付けなければならないときに電話をしたらすぐに駆けつけてくれました。 急な依頼にも関わらず快く引き受けてくれて感謝しています。 川崎市の町工場なんですが、長年放置していた倉庫の廃棄物を一掃しようと依頼しました。 工具関係の粗大ごみも引き受けてもらって助かりました。 ここに決めたのは、他社より安かったからです。 見積もりを見るまでは不用品回収なんて大差ないだろうと思ってたんですが、ここが最安でした!• 会社の不用品回収を指示されてネットで探していたところ、安いし請求書払いもできるので選びました。 色々と融通をきかせてくれる業者さんでおすすめです。 見積りをインターネットで計算してくれるので、おおよその料金を事前に確認できるところに満足しています。 電話受付の時間外でも自分で調べられて便利です。 古くなったパソコンの不用品回収を依頼したら、ありえない安さで引き取ってくれて驚きました。 パソコンを処分したいなら断然ここがオススメです!• 給湯室や休憩スペースの不用品など、仕事に関係ないようなものも回収してくれました。 特に観葉植物は処分が面倒だっただけに助かりました。 川崎市内で洋菓子店をしています。 什器など大型の不用品回収も可能とのことで初めて利用しました。 安いので逆に不安もありましたが、まったく問題ありませんでした。 不用品回収だけかと思ってたら、溜まっていた段ボールなども持って行ってくれました。 ダメもとで頼んでみてよかったです。 こちらを利用するのは初めてだったんですが、問合せの時に川崎市の住所を言っただけで道路状況もわかってもらえたんで、安心して頼めました。 こちらの不用品回収業者は対応がスピーディーでその日のうちに来てもらえますし、時間指定などにも融通をつけてくれますので気軽に頼みやすくて満足しています。 川崎市で会社を経営しているのですが、不用品が出たときに回収をお願いしています。 少量でも引き受けてくれますしものによっては買取りもしてもらえて経費削減につながっています。 パック料金があるので使い勝手が良いです。 年に何度か粗大ゴミが出たときに、量に応じてお手軽少量パックや軽トラ1台パックを頼んでいますがとてもお得です。 まだ使えるオフィス家具もあるのに不用品回収とはもったいないと思っていたのですが、こちらは買取りもしてくれるとのことで選びました。 正直聞いたことのない不用品回収業者だったのですが、ホームページのアットホームな雰囲気に好感を持ちました。 当日の担当者の方も感じ良かったですよ。 パック料金の設定があったのが決め手でした。 今回は事務所移転のため「軽トラ1台パック」でしたが、今後は不用品回収で「お手軽パック」を利用したいと思いました。 工場から出る産業廃棄物をすべて引き取ってもらっています。 分別や処分方法が大変なだけに、何もかもお任せできるということで常日頃から頼りにしています。 社内の配置換えをしたときに依頼したのですが、まさにかゆいところに手が届く丁寧かつ迅速な作業で感動しました。 次回もぜひお願いしようと思っています。 お客様の個人情報を多く扱っている会社なので、廃棄を依頼するときには破砕証明書や古紙溶解証明書などの証明書を一緒に出してもらっています。 とにかく多忙な部署なので、清掃までしてくれる不用品回収業者がいいと思っていました。 当日立ちあいもいらないと言ってもらえて有り難かったです。 川崎市は工場が多いので不用品回収にも時間がかかるだろうと予想していましたが、問合せの電話後すぐに見積もりを出してもらうなど素早い対応だったので好印象です。 商談用テーブルやソファーなどの大型不用品回収を依頼しました。 エアコンも取り外しをお願いしましたが快く引き受けてくださいました。 川崎市の有料粗大ごみ回収について 川崎市では、市内に住む住居者に対し、家庭内から出される粗大ごみの有料回収を行政で実施しております。 粗大ごみとは、家庭から出る一番長い辺が金属を含む30cm以上、金属を含まない50cm以上を超える家具、寝具、電気製品などの大型ごみをさし、川崎市で粗大ごみを処分する場合は、事前の申し込みが必ず必要になります。 当ページでは、川崎市で有料粗大ごみ回収を依頼する際の、お申し込み方法、回収までの流れ、出し方、粗大ごみとして処分出来るものなどを詳しくご紹介しておりますので、確認した上でお申し込みください。 また、当サイトでは川崎市の粗大ごみ・不用品回収業者のご紹介や業者選びのポイントなどをわかりやすく開設していますので 下記も合わせてご確認ください。 川崎市で処分できる粗大ごみについて 川崎市で処分できる粗大ごみは、住民の日常生活に伴って不要となった耐久消費財を中心とする大型のごみをいいます。 具体的には、一般家庭から排出される電気・ガス・石油器具、家具・寝具、趣味・スポーツ用品等の品目です。 川崎市で処分できる具体的な粗大ごみの品目と回収手数料については、川崎市のホームページにてご確認する事をお勧めします。 STEP1お申し込み 川崎市で有料粗大ごみ回収をお申し込みする場合、電話又はインターネットで、「川崎市粗大ごみ受付センター」まで日数に余裕をもってお申込みください。 電話番号をよくお確かめの上、お掛けくださるようお願い致します。 日曜日および12月29日~1月3日は休みです。 月曜日や祝日の次の日の午前中 年末年始や3月、4月の引っ越し時期等 この場合は、大変申し訳ありませんが、少し時間を空けてからおかけなおしください。 収集日は希望に添えない場合がありますので、なるべく早めにお申し込みください。 1 粗大ごみ処理手数料の減額又は免除の対象となる申し込み 2 引越し等で急ぎ場合、収集予定日に出すことが不可能な場合 3 品目一覧にないものをお申し込みされる場合 川崎市が指定する「川崎市粗大ごみ処理券取扱所」の表示のある店で川崎市粗大ごみ処理券(シール)を購入してください。 お出しになる品物各1点ごとに、案内された料金分の処理券をお貼りください。 川崎市粗大ごみ処理券の貼っていないもの、申込みをしていないものは収集できません。 取扱所は行政のホームページなどからお調べください。 STEP3粗大ごみの出し方 粗大ごみを出す際は、近隣住宅へ配慮し正しいルールで搬出を行ってください。 (ごみの集積所には出さないでください) (2)集合住宅の場合 粗大ごみ置場、特に決められていない場合は、1階の共有玄関前の敷地等わかりやすい場所にお出しください。 収集はおおむね午前8時30分から午後4時ごろまでの間に行いますので、近隣住民の方が迷惑にならないように搬出をお願いします。 収集はおおむね午前8時30分から午後4時ごろまでの間に、お伺いいたします。 時間指定は出来ませんのでご注意ください。 上記、粗大ごみを出す場所までご自身で搬出を行ってください。 (高齢者や体に障害のある方は、川崎市粗大ごみ受付センターにご相談ください。 収集の申し込みが困難な方は、生活環境事業所までご相談ください。 市外の方はお申し込み出来ません。 それぞれの特徴をよく把握した上で、ご希望の処分方法で申し込みを行ってください。

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月始めの10日間に仕分け、集計をします。 児童数とクラス数が市内で最多という事情から、保護者全員、年度内に一度は作業に参加してもらう割り振りが特徴です。 年度初めにクラスごとに、どの月のどの 日に誰が出るかを、保護者の都合も配慮しながら決め、6月から作業を始めます。 大勢の作業の割り振りはPTAの総務部(小嶋正子部長、36人)が担当します。 小泉洋恵ベルマーク長が、不慣れな保護者へのアドバイスや、集計後にマークを財団に送る作業などのまとめ役を担います。 取材に訪れた日は、1年7組、2年6組、6年2、3組の約30人が出番でした。 児童が持ち寄ったマークを企業ごとに分け、不ぞろいのマークの端を切りそろえ、点数を計算。 企業ごとにまとめた後、児童の回収袋に「大変よくできました」「すごい!」「すばらしい」など、励ますスタンプを押しました。 回収したマークは9月と2月の2回、財団に送ります。 企業別に仕分ける方法や不ぞろいのマークの切り方などを、作業日ごとに伝えるのは手間がかかりますが、小嶋さんは「作業に参加することでベルマークの回収、使い方などへの意識が高まり、児童も一緒になってたくさん集めようという機運が生まれる効果があります」 と話していました。 マーク貯金で今年度は掃除機、ダブルラジカセ、加湿器、竹馬2対などを購入しました。 卒業生には郵便局や公民館、医院などベルマーク回収箱を置いてもらっている7か所を紹介したチラシを配って、協力を呼びかけます。 学校は1874(明治7)年の開校。 今年10月に140周年記念の式典があります。 金子校長は45代目。 学校によっては校長室に歴代校長の写真を飾るスペースがなくなり困っていますが、大砂土小では26代までを一枚の板に名前だけ列記、その後の校長はサイズを小さくした写真を並べていました。 これだともう少し後の代まで大丈夫でしょう。 玄関には住民が贈ってくれた歌舞伎座100年記念の横山大観作「富士山」のリトグラフ、談話室にはシカの剥製(はくせい)が飾ってあります。 学校の長い伝統を感じました。 大砂土は大和田、砂、土呂が合併して生まれた地名で、一面畑だった最もいい場所に学校が建設されました。 金子校長は「本郷町の1番地という地番がその証拠です」と説明していました。 ほかの学校より広い校庭も誇りです。 2面のサッカー場が可能で、1周200メートルのトラックもできます。 児童は毎週、水・金の朝、校庭を6分間走っています。 秋にある持久走大会で、1、2年は750メートル、3、4年は900メートル、5、6年は1200メートル走に挑みます。 その体力作りを兼ねています。 土曜と月曜の放課後に2時間の「チャレンジスクール」があります。 地元の大学の先生、J1のサッカー選手、ロボット制作のベテランなどその道の第一人者が来て講師を務め、人気が高いそうです。 《写真上から》 ・感謝状を持つPTA総務部長の小嶋さんを囲んで左に神座達也教頭、金今義則教頭、右にベルマーク長の小山洋恵さん、郷原めぐみ総務副部長。 後ろにベルマーク係のみなさん ・4歳の子も加わってにぎやかな仕分け作業 ・いろいろなスタンプで子どもたちを応援 ・広い校庭を元気いっぱいに走る子どもたち(学校提供) 横浜市泉区の市立中田小学校 鈴木実校長、789人 のベルマーク累計点数が700万点を超えました。 運動が盛んな神奈川県下で11番目の達成です。 2月下旬の定例作業日に、学校では珍しい畳のスペースでの仕分け作業を見学。 和気あいあいのうちにも整 然とした流れが工夫されている様子に、半世紀の積み重ねというものを感じました。 活動を担っているのはPTAの学年成人委員会 橋本理恵委員長、24人 です。 新年度に委員会がスタートし準備期間を経て6月から収集を開始します。 その前月末に教室で、先生から児童一人ひとりに収集袋が配布されます。 児童は毎月1~5日の回収日に収集袋を持ち寄り、さらに教室に置かれた回収袋に入れます。 この回収袋は協賛会社のベルマーク番号別 1~10、11~20番……といった具合に10番きざみ に用意され、子どもたちの段階で大まかな仕分けが済むという寸法です。 細かな仕分け作業からは、学年成人委員会の毎月1回の定例会で行います。 定例会のうち年3回は委員以外の保護者30人ほどがお手伝いに加わります。 2月はメンバーのみの作業で、畳の上で3班編成でテーブルを囲み、協賛会社別、点数別の仕分けに着手しました。 各テーブルの上には「優れもの」の器が置かれていました。 コタツ台ほどの大きさで、その中に縦4列、横5列、計20マスが掘られたプラスチック容器です。 これが各テーブルに4つずつ置かれています。 このマスに、まず協賛会社別に分類し、その後で点数別に10枚ずつ、ホチキス、テープで留めていきます。 そして集計袋に納めていくという流れです。 作業は午前10時から始まり昼食前まで続きますが、大きな学校ですので、大量の点数が集まる協賛会社の分は残る傾向にあります。 どうしても、メンバーが自宅に持ち帰っての「宿題」になります。 多目的使用の「さわやかホール」での作業風景は、お母さんたちの話し声や笑い声がたえませんでした。 楽しい雰囲気のうちにも、たとえば、子どもたちの一人ひとりの収集袋に確認印を押す作業や、収集袋、回収袋を入れて持ち運ぶ手作りの布製の袋などの備品管理に丁寧な仕事ぶりがうかがえました。 また、委員からは「参加商品のベルマークをもっと大きくすれば、子どもたちがベルマーク番号と点数を混同せずにすみます。 お年寄りも一目で区別でき買い物先で商品を選びやすい。 協賛会社にも工夫をお願いしたい」という要望がありました。 近くのコンビニ、スーパー、自治会館に収集箱を置かせてもらい、毎年度末には協力の感謝状を届けています。 集めたベルマークを委員宅まで持ってきてくれる、おじいさん、おばあさんも多いとのことです。 これまで、ベルマーク預金でデジタルストップウオッチ、電子体温計、デジカメ、一輪車などを購入しました。 「児童数が多くて集まるベルマークも多いのですが、年に一度はPTA活動に参加することになっているコラボレターの方の協力はとても助かります。 また、仕分けの容器をはじめ、多くの方々の積み重ねがあって700万点があるのだと実感しています。 地域の方々のご協力にも感謝しています」と委員長の橋本さん。 同校は1951 昭和26 年創立で、昨年度、創立60周年を祝いました。 「~さわやか笑顔 中田っ子~ 思い合い ひびきあい 共に生きる力を育てます」という教育目標の通り、中田っ子は自然に恵まれた環境で学び、地域との深いつながりの中で伸び伸びと育っているそうです。 鈴木校長は「学校の周囲の桜が咲く春に、同窓会主催の桜祭りが開かれるなど地域との交流が盛んです。 PTA活動も活発で、町全体で子どもたちを育てようという意識が高く、校風の醸成に役だっています。 そんな中で、700万点達成があったということだと思います」と話してくれました。 授業参観の日、全児童、PTA全世帯(345家庭)が参加して、集計作業をするのです。 授業参観が終わった後、親子は児童の教室に集まり、一緒に割り振られた協賛会社のマークを、点数別に選り分け、枚数を数えます。 低学年の児童には、0・5点などいう小数点マークは避け、1点とか3点とか整数のマークが割り振られます。 マークを1枚ずつ数え、10枚たまると仕分けケース(卵の空パック利用)に入れ、親は点数別の枚数をメモ用紙に控えます。 「親の手助け不要」といわん ばかりに、要領よくテキパキ取り組むのは高学年の子どもたちです。 点数別に分けられたマーク、点数別集計は、学年ごとに置かれた集計担当に報告され、担当はそれぞれ協賛会社の点数別枚数と、小計を合算して整理袋を完成させます。 和気あいあい、作業は約1時間で終わります。 ベルマーク収集などの活動は秋のフェスティバルを目指して進められます。 取り組むのは、児童のベルマーク委員会(黒田凌太郎委員長、20人)と、PTAは文化整美部(佐藤宗厚=しゅうこう=部長、15人)です。 ベルマーク委員会は委員会活動の一つで、5年生と6年生での構成です。 文化整美部は5つある専門部の一つで、クラスから3人ずつ選ばれたPTA委員の中から配属となった人たちで構成されています。 6月からの毎月1日が収集日です(9月はお休み)。 収集には、子どもたちの関心を高める工夫がこらされています。 毎回、封筒に、持参したマークの点数を計算、記入してもらい、10点以上にはシールを張ります(未満はスタンプ)。 点数は一度、夏休み明け時点で合計され、多い順に10人までを表彰します(ディズニー・シールと、校内放送で名前読み上げ)。 冬休み明けには、合計点数による学年対抗が催されます。 年度末には、欠かさず持参した児童に「パーフェクト賞」を贈ります。 ベルマーク委員会 は、これら催しの前後に手書きによる委員会だよりを発行し、協力呼びかけと結果報告をします。 ベルマーク委員は、委員会活動の時間、協賛会社別に仕分ける作業に取り組みます。 使用済みインクカートリッジもメーカー別に分けて数え、箱詰めします。 活動には宇井やす子、鈴木香代子、須藤里佳各先生のサポートがあります。 しかし、仕分けは、委員会活動だけでは終わりません。 そこで、4年生以上、約80人の子どもたちが応援に出ます。 学級活動の時間、それぞれの教室で仕分けに取り組みます。 子どもたちの仕分け作業を受け、文化整美部は年4回ほど、違う番号のマークが混ざっていないかどうかの点検をし、フェスティバルに備えます。 当日の集計担当も、文化整美部の受け持ちです。 ラブ・ベルマーク・フェスティバル後は、翌年度につなげる活動となります。 ベルマーク収集には、地域の熱い協力があります。 寒河江市中心街に建つ、1873(明治6)年創立の伝統校に、特別な思いがあるようです。 卒業生の運送会社の社長さんは、取引先にも声をかけ、2012年度は点数にして30万点近くを届けてくださいました。 このほか食堂など企業、中学生の家庭などからも協力があります。 一方、PTAも企業訪問したり、会報や町内会回覧板を通して、協力をお願いしています。 こうした取り組みの結果、12年度は49万3250点に達し、2月初め現在で全国2位の素晴らしい記録となりました。 教育目標の一つに、「ベルマーク収集による海外支援」を掲げています。 ベルマーク預金で、絵本やボールなどを購入、カンボジアの小学校へ寄贈を続けているのです。 山形県のボランティア団体を通じての活動は、94年に始まり、19年目になります。 東日本大震災への友愛援助にも手を差し伸べてきています。 600万点達成について、ベルマーク委員会の黒田凌太郎君は、「みんなが協力してくれたおかげで、すごく、うれしいです。 児童集会で、ベルマークの歴史を話し、協力を呼びかけた努力が報われました。 卒業した後もベルマークを集め、近くに住む在校生に託したいと思っています」と話します。 また、文化整美部の佐藤宗厚部長は「歴史を感じます。 在校当時、一輪車をベルマークで購入したことを覚えています。 600万点達成という節目に担当できて、諸先輩には感謝申し上げます」と話していました。 《写真上から》 ・ベルマーク委員会の児童たち。 マークを協賛会社別に分けたり、インクカートリッジを数えたり、大活躍 ・親子で協力。 ラブ・ベルマーク・フェスティバル当日の集計作業(寒河江小提供) ・シーズン外れでも、さくらんぼが出迎えるJR寒河江駅構内 500万点達成校を訪ねました! 青森県三沢市立木崎野小学校 児童とも連携 コーヒーを飲みながら集中力発揮 青森県三沢市の市立木崎野小学校 山田春雄校長、642人 のベルマーク累計点数が500万点を超えました。 1980年開校と同時に運動に参加して34年目に、県内で8番目の達成校となりました。 今年度最後の活動日の2月下旬に訪問し、児童と保護者が一 体となった取り組みを見学しました。 活動を担っているのはPTAのベルマーク委員会 野呂恭代委員長 と児童会のボランティア委員会 5年生以上の18人 です。 各教室では、特に収集日を決めず、小さなバケツほどの缶を置いて、常時、子どもたちが持ち寄って入れてゆくというスタイルを採っています。 缶には収集を呼び掛ける標語やデザインを施した巻紙が貼られています。 ボランティア委員は下級生のクラスの缶にも気を配り、2カ月に一度のベルマーク委員会の活動日前日には、「クラブ室」に運び込みます。 ここまでが児童会の仕事です。 缶の中のベルマークを大きなボックスに集めて、活動日の仕分け作業が始まります。 PTAの委員会はメンバーが139人の大所帯ですが、各回、20人ほどが参加。 この日は午後2時から作業を始めました。 仕分けで効果を発揮するのは、30個分のくぼみの付いたプラスチック製の卵の容器です。 もう長く引き継がれてきた「重要ツール」ということで、各自が、ハサミを片手に、この卵容器にベルマークを切りそろえながら協賛会社別に分類していきます。 容器に会社ごとに仕分けされたマークは、さらに会社別の棚に集められます。 活動日の合同作業は、2カ月分のベルマークが全部、会社ごとに棚に仕分けされた時点で終了となります。 以降は家での作業となります。 つまり、棚に仕分けされたベルマークは、協賛会社ごとのファスナー付きのビニール製袋に収納し、「ベルマーク整理袋」と共に委員が家に持ち帰り、受け持ちの会社ごとに点数別にまとめ、集計します。 短時間に集中力を発揮できるようにと単純・簡便化を心掛けた流れの中で、みなさんがコーヒーを飲みながら楽しげに作業を進めていました。 ベルマーク預金でこれまで、デジタルカメラ、校庭の遊具、多目的テーブルなどを購入しました。 委員長の野呂さんは「委員会には転勤族の方が少なくないのですが、情報交換の場にもなり仲良くやっています。 また、地域の方たちがインクカートリッジを持ち寄ってくれるなど、協力の姿勢もありがたいです」と話してくれました。 同校は近隣の3校が分離統合して三沢市のほぼ中心地に開校しました。 記録的な豪雪が伝えられる同県でも、太平洋側に位置するため雪の少ない地域ですが、それでも今年は例年の倍ほどの積雪とか。 訪問日はラッキーでした。 快晴のポカポカ天気で、お昼休みに、子どもたちが雪の広い校庭でサッカーボールを追ったり、駆けっこをしたりして元気いっぱい遊んでいました。 県内の順位は51番目。 昨年10月に20周年記念の式典をしたばかりで、500万点達成が華を添えました。 新校舎建設にあたって、当時の市長は「お城見学の観光にも結び付け、日本一立派な学校」をめざしたといわれます。 国指定の史跡・小田原城跡に隣接し、お堀や土塁など往時の面影を色濃く残しており、道路も含め城全体の景観に合わせてデザインしていま す。 鉄筋コンクリート4階建ての校舎はかわらぶきの切り妻屋根、しっくいの白壁に格子窓と、町家や武家屋敷をイメージしています。 一見、博物館かと思うほどで、総工費は34億円もかかったそうです。 97年には学校周辺が都市景観大賞に選ばれました。 栁下校長に校内を案内していただきましたが、音楽室、多目的室は冷暖房完備で、東日本大震災の時は津波避難者や電車が動かないための帰宅困難者が数多く一夜を過ごしたそうです。 1フロアに2学年6教室がオープンスペースで並び、高い天井で明るくゆとりのある空間が自慢です。 地下には25メートルプールがあります。 水量、塩素の量をセンサー管理しています。 天候に左右されないで利用できるのが特長です。 ベルマーク運動はPTAの厚生保健委員会(湯川登姿子委員長、18人)が担当しています。 ほかの学校と違う名前だなと思ってい ました。 取材の日、作業する会場に入りましたら、湯川さんが「先に給食費から始めます」と言われ、あれっ、と思いました。 委員は児童から集めた袋からお金を出しては、隅にまとめているのです。 ベルマークの作業に加え、給食費の集金も担当していることがわかりました。 小一時間で給食費の仕事は終わりました。 栁下校長は「ずっと前から集金日にベルマークの作業をしています。 給食費は児童に直接持参してもらいますが、未納者はありません。 銀行やコンビニの引き落としに比べ、意識しやすいからでしょうか」と分析していました。 ベルマークの仕事は集金がない8月を除いて11回しています。 昨年からテトラパックの回収にも取り組んでいます。 古紙回収に出していましたが、業者が撤退したためです。 学校で洗って乾燥する作業はこれまで通りですが、今後は点数の増加が期待されます。 マークは10月と3月に財団に送ります。 点数は2004年度から09年度まで4万点から6万点台でしたが、10年度に11万点台を記録、12年度は13万7千点と着々と増えています。 校舎の周囲はクスノキやサクラ、イチョウの大木が数多く、春はサクラが見事に咲き、にぎわいます。 二宮尊徳の生まれた所に近く、校庭にはまきを背負った金次郎像が立っています。 金次郎は少年のころ、読書に必要な明かりに使う油を菜の花から採りました。 その種が見つかって、市内の報徳小で栽培しています。 栁下校長はこの種を譲ってもらい、昨年から校内で栽培、「少しずつ増やしていきたい」と張り切っています。 校長室と玄関には季節の花が飾ってありました。 お花の師匠で、マリンバ奏者の鈴木あさみさんが19年間、毎週続けている奉仕活動だそうです。 《写真上から》 ・感謝状を手にした湯川委員長と右が草山あゆ子副委員長、湯川さんの左が栁下校長と鍋倉かつみ教頭、 ・ベルマーク作業の前に給食費を回収する委員のみなさん。 右隅にお金が積んであります ・天井が高く、広い図書室 ・開校20周年を記念して校庭に児童が並んで描いた校章。 校舎の上に小田原城のお堀が見えます(2012年撮影、三の丸小学校提供) ベルマーク運動はPTAの学年学級委員会(24人、松園由美子委員長)が担っています。 そこに各クラスのPTA役員についていない保護者10人前後が係として補助してくれます。 作業は6・11・2月の3回あり、どの回も委員と係で約30人になるように編成し、各班が前半の仕分けと1週間後の集計に分かれて作業します。 正副委員長の3人を除いて委員も係も1年に1回、学校で作業すればいいという独特の仕組みです。 今年度の作業は6月が2、3年、11月が4、6年、2月が1、5年の委員と保護者が出る割り振りで、取材に訪れた2月5日は5年生 の委員、保護者が1月25日に仕分けたマークを集計しました。 最後に正副委員長の3人が数字を確認して財団に送りました。 松園委員長は「班分けは前から引き継がれてきた方式ですが、仕分けや集計で早く終わったグループの作業をどうしたら効率的に、早く処理できるかそのつど工夫しています。 試行錯誤の連続でスムーズにできるようになりました」と話していました。 300万点など大台を達成した学校には、ベルマーク財団から感謝状を贈っています。 毎月22日ごろに感謝状の件を知らせ、取材への協力をお願いしています。 吉原小からはほどなく「2月5日でいかがですか」と回答がありました。 感謝状が届くのは2月8日ごろで、5日では写真撮影に間に合いません。 吉原小の場合は学校とPTAの連携がよく、異例の早さで決まったため、記念写真は感謝状が届く前に撮影しました。 珍しいケースでしょう。 マークの回収は学校周辺のスーパーやドラッグストアにも協力してもらい、回収箱を置いています。 ほかの学校で効果を上げている牛乳のテトラパックの回収はまだ取り組んでいません。 「次期委員会に導入の検討を引き継ぎたい」と委員長は話します。 マーク預金ではこれまで、鉛筆削り器などを買いました。 現在は黒板消しクリーナーをクラスに1台置くことを目標にしています。 ま だ2クラスで1台ぐらい。 廊下に置いて共同で使っていますが、故障することもあり「早く不便さを解消したい」とマーク収集に力をいれています。 学校は日野小から独立して開校。 市営地下鉄の港南中央駅から、鎌倉街道を南に約2キロの高台にあります。 開校時は周辺に建物がほとんどありませんでしたが、今ではすっかりマンションや住宅に囲まれています。 校庭も校舎の増築で狭くなり、運動会の日は見に来た保護者があふれるほどだそうです。 人口急増期だった71年には児童1000人を突破し、81年には最高の1300人に。 その後は少子化で減り、90年に1000人を割り、最近は700人台です。 市教委の推計では5年後には650人ぐらいになりそうです。 校歌は作詞が葭谷浩造、作曲が小野達治のコンビ。 新橋小、南神大寺小、中和田南小、六つ川台小など70年代から80年代にか けて相次いで誕生した市内の多くの学校の校歌が、この2人の作です。 吉原小は1番で「風がささやく丘の上 いちょうのこずえがきらめいた」、2番で「花が揺れてる坂の道 ともだちえがおで手をふった」と地域の特徴をあらわした歌詞です。 PTA活動はベルマーク活動をはじめ、おかあさん方の活躍が目立ちますが、吉原小では「おやじの会」も自慢です。 メンバーは約30人。 夏の「学校でキャンプ」や冬の「おもちつき」などで「大活躍しています」と藤田優・副校長は話していました。 副校長の左が松園由美子委員長 ・仕分け作業も活発に ・校庭で遊ぶ子どもたち。 周囲は住宅やマンションがびっしり ・開校当時の空撮(学校提供)。 校舎は現在の半分です ベルマークはPTAの学年学級委員会(齋藤希予子委員長、14人)と、PTA活動の「一人一役」でベルマーク係になった保護者が1回ずつ担当します。 係は1クラス7、8人です。 年度初めに、作業する6、10、12、2月の4回の中から希望する日を選びます。 作業の日は毎回、10日前後で、児童は6年間使う回収袋にマークを入れて学校に持ってきます。 ぼろぼろになって新しい袋に取り替える児童もあります。 仕分け用にはラーメンの入っていたパックとイチゴパックの2種類が使われ、企業別、さらに点数別に分けていきます。 仕分けの 後、委員たちが点数を数え、確認して財団に送ります。 4回の割り振りでは、最初の6月に1年生の保護者が多く、最後はクラスによっては2人ぐらいと、数がばらけます。 齋藤さんは2年前に副委員長を務めており、「流れがわかるので、経験を生かしてやっています。 作業を休む方がいる一方で、『お気持ち』で出てくれるボランティアもいます。 休んだ代わりに旦那さんが出てくれる方もあります。 参加を強制するものではないので、悩ましいです」と話していました。 学校は旧中山道から脇に入った静かな住宅街にあります。 開校当時の児童数は671人でしたが、その後は少しずつ減っています。 なぜ「かみこ」とよぶのか、はっきりしません。 矢部校長の名刺にはルビが振ってありました。 校長は3年前、教頭だった栄和小でベルマーク300万点を達成、12代校長として転任してきた上小で400万点です。 「不思議な縁です。 めったにないことですからうれしい」と笑顔でした。 「みんなでみんなでやりぬこう」で始まる校歌は、都はるみの「好きになった人」などのヒット曲で知られる白鳥朝詠作詞、市川昭介作曲です。 みんなでみんなで、の出だしは2番以下でも同じです。 2番が「考えよう」、3番が「手をつなごう」と続き、明るく早いリズム で呼びかけています。 どんな経過で歌謡曲のヒットメーカーに依頼したか不明ですが、同じさいたま市内の宮前小校歌もこのコンビの作品です。 2009年11月、米・グアム島のメリッソ小と海外姉妹校の縁結びをしました。 元PTA会長がグアムの親善大使だったことから実現したそうです。 島南端の村にある児童200人ほどの小さな学校ですが、2年前の東日本大震災の直後、住民の協力でお金を集めて、「気の毒な子どもたちに」と14万余円を送ってくれたそうです。 矢部校長は、児童の被害はなかったけれど、校舎が壊れて使えない宮城県内の小学校に届けました。 「遠く離れた国からの心のこもったプレゼント。 被災者救援の素晴らしい教訓になりました」と話しています。 当分は絵画などの展覧会を開催する程度ですが、「子どもたちがお互いに行ったり来たりの交流を進めたい」と夢を膨らませています。 11代校長、加戸照夫さんの作詞、教員の馬橋典子さん作曲で二つの小学校を結ぶ歌「かけはし」も生まれました。 「あかるいみらいをつくろうよ」「日本とグアムのかけはしをつくっていこうよ」。 海のない県の子どもたちは、グアムの青い海を思い描きながら、元気いっぱい歌っています。 《写真上から》 ・感謝状を手にする齋藤委員長と青木若尾副委員、委員長の左が矢部校長、田中一秀教頭。 後ろにベルマーク担当の委員とお母さん ・仕分け作業するお母さんたち ・授業の合間の「チャレンジタイム」で縄跳びする児童たち(上小小学校提供) 「大都会の真ん中 私たちはこの街大好き」。 超高層ビルが目の前に並ぶ東京都新宿区北新宿にある区立柏木小学校(齋藤等校 長、児童数330人)のベルマーク累積点数が300万点になりました。 玉川上水の水をきれいにして各家庭に送る巨大な淀橋浄水場があった所で、かつては第1小から第7小まで淀橋の名がつく小学校がありましたが、統廃合が進んでいます。 1997年に、1875(明治8)年開校の第1小と1926(大正15)年開校の第7小学校が統合して柏木小が誕生しました。 現在、淀橋の名が残る学校は第4小だけです。 開校時の児童数は312人。 2003年の357人をピークに急激な増減はなく300人台で推移しています。 昨年6月に開校15周年を祝ったばかりなのに、もう300万点!と驚く方がいるかもしれません。 それは統合時に元の学校の点数116万点を引き継いだからです。 97年に200万点を超えた時、都内で168番目でしたが、15年余かけて柏木小にとって初めての大台突破では、順位も128番に上がりました。 児童やPTA、学校の喜びはひとしおです。 ベルマークを担当するのはPTAのベルマーク委員会(14人、榎本紋子委員長)です。 昨年までは有志の活動で、作業の仕方は毎年のように変わっていました。 榎本さんは「マーク集めの呼びかけや作業の士気を高めるためにも、組織をしっかりしたいという声が強まり、組織替えが実現しました」と話していました。 作業は9月と2月の2回です。 回収日を各家庭に連絡すると、児童は数日前からマークを切って、企業別に分けて学校に持ち寄り、クラスごとに置いた箱に入れてくれます。 それを委員が集め、お茶やカウンセリングなどに使う和室「虹の間」で全体の仕分けをします。 集計は自宅で行い、1週間後に学校で点数を計算して用紙に記入。 最後に正副委員長が確認して財団に送ります。 児童が使う回収袋は今年から各自用に用意しました。 これまでは家庭に配るお願いの用紙を裏返して作ってもらっていましたが、 手間がかかると不評で、繰り返し使えないため、一新に踏み切りました。 榎本さんは「委員会になったばかりで、運営は手探り状態ですが、みなさんが責任感をもって協力してくださるので助かります。 マークの集まりもよくなると期待しています」と喜んでいました。 校区内のスーパーや金融機関、老人ホームにも回収をお願いしており、昨秋には老人ホームから約9千点のマークが贈られたそうです。 ベルマーク貯金でこれまで全自動洗濯機、石油ストーブなどを購入しました。 9月の回収時に「次に何が一番欲しいか」を全家庭にアンケートしたところ、最も多かったのが冷水器でした。 「暑い夏、行列ができて大変。 もう1台欲しい」という理由でした。 次期委員会に伝え、生かしてもらう予定です。 校歌は2番で「大通りの人波 私たちは人間大好き 未来への憧れと願い抱きしめて」と続きます。 作詞・作曲は「シクラメンのかほ り」「愛燦燦」などのヒット曲で有名な小椋佳さんです。 「もっと素晴らしい街を きっと素敵な世界を創る創る」など、都会の中の自然や、ふだんの生活に夢、願いを織り交ぜ、明るいメロディの校歌です。 子どもたちも口ずさんで親しんでいるそうです。 最近は外国籍の住民が増えており、和室では子どもたちに日本語の特別授業が開かれ、学校行事で国際交流の機会も増えています。 後ろに委員のみなさん ・仕分け作業する委員のみなさん ・今年度、新たに作った回収袋 ・国際交流基金事業の一環で来日したアメリカとカナダの教育関係者に一輪車の演技を披露する6年生(昨年11月撮影、柏木小提供) 学校名が長いことから、地元では上小(かみしょう)、上杉小(かみすぎしょう)と呼ばれ、1873(明治6)年の学制公布と同時の創立です。 県庁、市役所が近い官庁街の一角にあり、歴史的、社会的環境に恵まれています。 悩みのタネは敷地の狭さです。 ことに校庭が小さく、運動会は近くにある市立上杉山中学校のグラウンドを借ります。 保護者には官庁の出先機関や企業の支社・支店などに勤務する人が少なくありません。 その転勤に伴って転出・転入が多いのが特色です。 2013年2月時点で、953人が学びます。 最近はマンションなど集合住宅が増え、児童数が増え続けています。 普通教室が不足して、音楽教室を模様替えするなどしてきましたが、新年度からはプレハブ教室を使うこととなり、このほど5教室が完成しまし た。 しかし、校庭はさらに狭くなってしまいました。 休み時間、校庭では危険防止のため、鬼ごっこやボール遊びは禁止です。 子どもたちは、かけっこも満足にできません。 そんな子どもたちの体力低下防止などでお手伝いしているのがベルマーク運動です。 逆上がり補助台や、運動用マット、長縄などが預金で購入されています。 ベルマーク活動は、PTA学年委員会=各クラスから1人ずつの28人で構成。 江種(えぐさ)志奈委員長=が、児童の奉仕委員会=5年生と6年生による委員会活動=の応援を得て取り組んでいます。 マークの収集は、教室とPTA室前に収集箱を置き、通年で行います。 教室の分は児童の奉仕委員会が、毎月1回の委員会活動の時間に集めて、協賛会社別に分けてくれます。 この時、マーク数の多い企業12社は専用のケースへ、それ以外はベルマーク番号に従って01~10、11~20などとグループ別に分けます。 この方式は11年度から取り入れました。 それまでは回収してPTA室に届けてもらうだけで、仕分けはPTAのみで行っていました。 しかし、処理しきれないことから、学校側と相談して児童の奉仕委員会に一歩踏み込んだ協力をお願いすることになったものです。 学年委員は毎月交代で、専用ケースにたまったマークを移したり、地域のスーパー2店からマークを回収するなどします。 学年委員 会は4月、収集に当たっての「お願いの手紙」をベルマーク一覧表と一緒に、授業参観日の2週間前に発行します。 回収されたマークは、年に一度、一般の保護者にも参加してもらって整理します。 上杉小のPTA活動は、保護者(785世帯)は子ども1人につき1回、2人なら2回、あいさつ運動、プール監視員などを手伝う約束になっていて、年度初めに割り振られます。 ベルマーク活動には160人が登録されました。 マーク整理は2月中旬の2日間に行いました。 応援の保護者160人は、40人ずつの4班に分かれます。 初日は午前、午後の部に分かれて協賛会社別の仕分けに取り組みます。 2日目の午前は、マークを切りそろえながら、会社別のマークを点数別に10枚つづりにテープ止め。 そして午後に、会社別に点数を集計します。 幼児を連れた母親の姿もまじり、おしゃべりをしながらの作業です。 午前は10時から正午まで、午後は1時から3時までで、学年委員はお昼持参となります。 2日目に宅配便で財団へ送票します。 使用済みインクカートリッジは、昇降口2カ所に専用の箱を置き回収していますが、授業参観日に保護者が持参することが多いそうです。 学年委員長の江種さんは「300万点達成に居合わせられて、うれしいです」と笑顔で話します。 が、すぐ真顔に戻り続けます。 「預金で、全クラスに28本の長縄を購入しました。 本当はストラックアウト(的抜き)が欲しかったのです。 子どもたちの運動不足解消のために。 でも、足りずに長縄にしました。 なんとか集票を高めたいと思っていたところに、300万点のお知らせでした。 半世紀かけての達成と知りましたが、学校規模からみて年間送票4万点は低いのかなあ、とも思いました。 私は12年度で終わりますが、集票が上がるよう、PTA執行部に働きかけ、学年委員会に引き継ぎたいと思います」と話していました。 学外のベルマーク収集には、4つのスーパーに収集箱を置かせてもらってきましたが、2つの店が改装や廃業で依頼できなくなりました。 そこで、江種さんは子ども110番の協力施設・商店を訪ね、コミュニティセンターやコンビニなど8つの施設・店から協力をいただけることになりました。 また、地域全体の協力も頼もうと、町内会へ働きかける予定でいます。 《写真上から》 ・学年委員、応援の保護者が一緒になって作業します ・感謝状を持つ委員長の江種志奈さんと学年委員ベルマーク担当の皆さん ・校庭にプレハブ棟が建ちました=いずれも仙台市青葉区の市立上杉山通小 青森県黒石市立黒石東小学校(藤田秀文校長、382人)のベルマーク活動が、44年の歳月をかけて300万点を超えました。 青森県では44番目の達成です。 黒石市は人口約3万6千人。 県のほぼ中央にあって、東に八甲田連峰、三方は津軽平野という地理にあります。 青森県といえば生産日本一の、りんごです。 県内各地で栽培されていますが、黒石は弘前市などと並ぶ中心地です。 弘前駅から黒石駅まで、弘南鉄道で約30分の車窓には、りんご園が現れては消え、消えては現れます。 大きな建物は農協のりんご貯蔵庫でした。 リンゴの木は収穫しやすいよう樹高を低く、枝を広げるように育てられています。 2月のりんご園は1メートルの雪に埋まっています。 そして、リンゴの木は綿帽子姿でした。 市役所によると、今冬は累計積雪量が2月中旬で540センチを超え、過去10年の平均の約1・4倍とのことで、あちらこちらで雪下ろしや雪かきをする姿がありました。 黒石東小のベルマーク活動は、PTAベルマーク委員会(佐藤ジェラルディン委員長)で取り組まれています。 委員会には学年、広報、総務など6つがあり、保護者(289家庭)は、子ども1人につき、卒業までの間、2回参加する約束になっています。 各委員は、新年度前にアンケートに基づいて選考され、3月までには配属が決められます(新入生児童の保護者は入学説明会で)。 2012年度のベルマーク委員は各クラスから1人という基準で、15人が選ばれました。 活動は6月からの7回です。 第3水曜日の午前9時から正午前まで学校PTA会議室で作業します。 引き継がれてきている方法を踏襲してのことで4月、5月、8月、1月、3月は休止になります。 マークの収集は、委員会活動に合わせ行われます。 学校の協力をいただき、収集封筒の配布、取りまとめを担任にお願いしています。 担任は、収集日当日、クラス分のマークをプラスチック製ケースにまとめ、廊下に置きます。 担任には、封筒に「ベルマーク」スタ ンプを押してもらい、保管もお願いしています。 活動日の第3水曜日、委員は担当クラスのケースを回収し、不ぞろいのマークを切りそろえながら、協賛会社別に仕分けして、1つにまとめられます。 委員は思い思い、協賛会社のケースを引き取り、テープ止め10枚単位を作りながら枚数を数え、小計を出し、これを集計メモ用紙に書き止めます。 早く終わった人は、作業途中の人を手伝い、正午前に終えます。 各回、全委員がそろってということはありませんが、こじんまり、津軽弁の会話が飛び交う、和気あいあいの作業です。 10月と2月は、ベルマーク教育助成財団への送票作業が加わります。 10月は、6、7、9月分と10月分の集計メモで合計を出し、整理袋を完成させます。 同じように2月は、11月から2月までを計算し、整理袋を作成します。 送り状は委員長の佐藤さん、副委員長の佐藤典子さん、佐々木麻子さんの担当です。 段ボール箱に詰められたベルマークは、学校側ベルマーク窓口の今陽子・擁護助教諭に発送をお願いしています。 今先生は、また、使用済みのインク・カートリッジ、紙製包装容器の分別、個数計算、メーカー送りも一人で担当されています。 ベルマーク預金では、掃除機などのほか、05(平成17 年にスノーロータリー 除雪機 を購入しています。 除雪機は、子どもたちの 通学路確保に威力を発揮しているとのことです。 300万点達成について、副委員長の佐藤典子さんは「うれしいお知らせに、たまたま私たちが居合わせて、うれしいです。 これまで多くの人たちがコツコツと取り組んでこられた結果ですね。 すごいです。 これを励みに、これからも頑張っていきたいです」と話していました。 ところで、市内中町の商店街に、雪と付き合う設備があります。 江戸時代に始まる防雪のための木造のアーケードです。 こみせ 小店、小見世 といいます。 町家が家のひさしを伸ばして設けた通路で、雪が通路に入らないよう、板などをはめられるようになっています。 最盛期には4・8キロも連なっていましたが、道路拡幅による取り壊しなどで規模が小さくなっており、黒石市は国の重要伝統的建造物群保存地区の指定を受け、維持に努めています。 《写真上から》 ・切りそろえながらの仕分け作業 ・感謝状を持つ委員長の佐藤ジェラルディンさんを囲むベルマーク委員の皆さん ・ベルマーク預金で買ったスノーロータリーが大活躍 ・車道に雪が積もっても、こみせの下は雪なしです=いずれも青森県黒石市.

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